役名
- 六部妙典(ろくぶみょうてん)、実は将軍太郎良門(よしかど)
- 下男茂作、実は俵小藤太守郷(たわらことうだもりさと)
- 渡辺源吾弘綱 (わたなべげんごひろつな)
- 碓氷平次貞恒 (うすいへいじさだつね)
- 猪熊入道 (いのくまにゅうどう)
- 鹿島踊 (かしまおどり)
- 旅座頭
- 金毘羅参り
- 馬子
- 滝夜叉姫亡霊
鎌髭の場
各々方には御苦労千万、猪熊(いのくま)入道の下知(げじ)により、施行(せぎょう)の宿、これなる家へ。
旅人(りょにん)にやつし入り込みしに、後より泊まりし、六部(ろくぶ)こそ、確かに尋ねる相馬良門。
頼信方の先(せん)を越し、搦(から)め取って差し出せば、
一足飛びの立身出世。
討ち取る手段は、これ、
なるほどなるほど、さある時は袋の鼠。
搦めとるに何の手間ひま、
なれども、彼奴(きゃつ)めも曲者なれば、
いかにもいかにも、かならず油断めさるな。
心得ました。
忍ばっしゃい。
夫(それ)立つ冬の夕まぐれ、時しも秋の紅葉して、いろどる時時雨(ときしぐれ)、雲間を洩(も)るる月影も、とぎすましたる鎌の刃と、見やる庭面(にわも)にいかめしく、将軍太郎良門と俵小藤太守郷が、武勇を競う鎌髭の、姿は猛(たけ)く凄まじし。
日もはや西へ遠近(おちこち)の、応(こた)うる鐘の音も冴えて、秋を彩る韓(から)錦。
あわれを添えて鳴く雁も、落ちて行衛(ゆくえ)は白露の、星とも見ゆる庭の面(おも)。
はて、風情ある、
眺めじゃなあ。
時に六部どん、ようよう鎌も砥ぎ上がった。
わしは鎌で髭を剃るのは親父のを見ただけゆえ、申さばこれが初めてでごんすから、上手にやって貰いましょう。
おんでもべこと、しかし近頃聞いたことのねえこの鎌髭、勝手は知らぬがやっつけようか。
むむ、どれ髭の座へ直ろうか。
見やんせ六部どん、ちょうど今夜は宵月(よいづき)に、
雲間をはなれありありと、
形は鎌と同じ三日月。
ほんにのう。
ふーふ。
はーは。
ふーふ。
はーは。
ふふ。
はは。
ふー、あははははは。
いやすんでのことに、この素っ首が。いやあぶねえことのう。
剛(こわ)い髭ゆえ力一杯、もしも刃先がこんたの咽へは、
なんともない。私は不死身さ。
やあ。
それゆえからだへ刃先は立たぬわ。
すりゃ、それゆえに、ふむ。
はて、
怪しやなあ。
遥か虚空の東(ひんがし)にあたり、群がる星のただ中に、光を放つ一つの明星。
東は則ち金星の司(つかさど)る所にして、四方(あたり)に千筋(ちすじ)の光明輝き、その影忽(たちま)ち空に充ちしは、
さては現世に名将現れ、天下を治むる知らせなるか。不思議な奇瑞(きずい)を、
見るものじゃなあ。
これは、
藤林院(とうりんいん)秀山(しゅうざん)郷里(きょうり)大居士(こじ)、俗名俵藤太秀郷。
平泉院将門前寂(ぜんじゃく)定善門(じょうぜんもん)。
この将門が位牌を所持なすからは、さては相馬の余類よな。
いいや知らぬ。覚えはない。
覚えないとは言われまい。最前より見るところ、汝の相形(そうごう)の常ならず。殊にかねがね聞き及ぶ、右の灸所のこめかみに、隠しおおせぬ一つの黒子(ほくろ)は、まさしく一子良門と、三寸俎板(まないた)見ぬきし証拠。
やっ。
なんと動きは取れまいがな。
むむ、さ言う汝も秀郷の位牌を所持なす上からは、本名なくて叶わぬ叶わぬ。
いかにも我は俵の一族。
さては俵の一族よな。父の敵秀郷の位牌、当座の腹いせ、まず斯(こ)うなして、
今の位牌を割ると等しく、放心せしは不覚の至り。
おお此奴の悶絶なすこそ幸い。頼信公に申し上げ、討手の手配り、おおそうだ。
折から吹き込む一陣の、魔風と共にあなたなる、仏間のもとに忽然(こつねん)と、現れ出ずる姫の亡魂。
いかにも良門、
御身(おんみ)孝道を全うせんとの願い、諸神諸仏も感応ましまし、今宵導き宿らせし此家(このや)の主(あるじ)こそ、我等親子が仇敵、伊予守頼信(いよのかみよりのぶ)、まった下男に身をやつせしは、父将門を射止めたる、俵藤太が一子ぞや。
有りし姿を仮の世へ、又現わせしは此事を、御身に知らせんためぞかし。
怨み重なる彼等が頭(こうべ)、討ち取って父将門やこの滝夜叉の、妄執を晴らしてくれよ太郎良門、心得たるか。
言うよりは早くかき消す姿、うつつに見やる良門は、四辺をきっとねめ廻し、
はて心得ぬ、今秀郷のこの位牌、割ると等しく放心なすうち、ありありと見たる滝夜叉殿が詞(ことば)の告げ。さては此家(このや)に源氏の一類、亡き人々の霊魂を慰むるは今この時、あな嬉しや、悦ばしやなあ。
勇み立ちたる有様は、いかなり鬼神悪霊も、恐れつびょうぞ見えにける。
やれ来いやい。
やあやあ六部、
我が推量に違(たが)わずして、六部は確かに相馬の余類、かく言う我等は都より師持公の仰せを受け、詮議の役の猪熊入道。さあ尋常に腕廻せ。
ひしめく詞を良門は、見向きもやらねば呆れ果て、
やあ返答せぬは奇怪至極、それ引っ立てろ。
その儀は委細合点承知。
承知の浜では鰯がとれる。
とれる八方外が浜。
浜から小僧が泣いて来た。
泣いて見たさに飛び立つばかり。
籠の鳥かやほいうらめしや。
ええ置かっせえ。
最前より何んにも言わぬは、唖か聾かのっぺらぼうか。さあ返答はどうだえ。
えへん、東雲南山(とううんなんざん)に横たわれば、西鳥塒(さいちょうねぐら)を出ずるとかや。又北海に大魚あり、この魚化して鳥となる、名づけて大鵬と言う。燕雀(つばめすずめ)の輩(ともがら)には奥底知れぬ太っ腹、しめ込む夜食の献立てには、敵役の濃漿(こくしょう)に実悪の煮こごり、粗飯(そはん)を食(くら)い酒を飲み、腕をもいで枕とす。死生命(しせいめい)あり、富貴(ふっき)天性むてっぱち、此の人にして向う見ず、学んで時に首を抜く、又楽しからずや。五畿八道の隅から隅、およそ日の本六十六部、修法(しゅほう)じゃ外に並びなき、随市川の水を浴びたる坂東(ばんどう)育ち、相馬平氏(じ)と人も知る、小次郎将門が忘れがたみ、将軍太郎良門、間近く寄って面像拝み、奉れえ。
あたりを払う勢いは、勇ましかりける次第なり。
いよー。
ほざいたりな野だわ言(ごと)。そう言や、いっそ。
これこれお頭(かしら)、どうなされた。
どうなされた。
いやなんともいたさぬ。木の根につまづき思わぬ不覚を取ったのじゃ。
いでこの上は我々が、手柄になして、
くれべえか。
待て待て待て。斬っても突いても疵のつかぬは、こりゃどうじゃ。
べらぼう坊主め、生得不死身の此のからだ、鈍(なまく)ら刃金(はがね)が立つものか。
なに、刃物がからだに立たねえとは、
不死身な身体も、
あるものだなあ。
もうこの上は手捕りにしろ。
合点だ。
目ざす敵は此の家(や)の主、首ねじ切って仏へ手向け。
おおそうだ。
待てええ。
なんと。
待ちやがれえ。
何処へぐぜるかまあ待った。相馬の余党のあばれ者、引っ捕らえよとの厳命うけ、待ったと声を揚げ幕から、再びつん出た某(それがし)は、俵の藤太秀郷が、跡を受けつぐ惣領息子、同苗小藤太守郷とて、しかもようよう前髪を剃り落としたる初名題、当年積もって十八歳、も一つ歌舞伎の十八番、合わせて三十六鱗(りん)の、鯉の竜門出世の手始め、おぼつかなくも名乗りかけ、やって三升か三つ猿の、人真似ながら荒事に、本家の許しを得手物の、鉄っ拳をお見舞え申すぞ、誰だと思うええ、つがもねえ。
なに猪口才(ちょこぜえ)な
やあ、怨みを晴らす一騎討ちに、加勢なんぞは叶わぬ叶わぬ。
加勢にあらぬ我々は、頼信公の仰せを受け、
まかり向かいし君の上の上意。
聞きたくもなき上意呼ばわり、もうこの上は破れかぶれ、近寄るものは死人(しびと)の山だぞ。
やれ、早まるな、相馬良門。
旅人施行と言い触らし、おびき寄せたる主君(きみ)の計略、
うかうかと乗って来りしからは、その身の武運のつくところ、幕下の武士へ命をくだし、この家の八方取り巻かすれば、
袋の鼠も同然なれど、武士の表を思しめされ、ひとまずこの場を見逃して、相馬の残党催促させ、
また改めて戦場にて、勝負を決せん思しめし。
心得たるか、相馬、
良門。
さすがは我が君、仁あるお詞。
足元の明るいうち、早くこの場を、
退散退散。
むむ、一旦この場は立ち退くとも、怨みの念は変わらぬ鉄石、時節を得て旗揚げなさん。やいづく入(にゅう)、いま頼信の詞にまかせ、ひとまずここを立ち退くが、よも言い分はあるまいな。
その言い分は、
その言い分は、
む、ない。
互いの運は戦場にて、
まずそれまでは将軍太郎、
良門、
さらば。
幕
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