歌舞伎十八番の内 鎌髭 (かまひげ)

歌舞伎十八番の内 鎌髭

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目次

役名

  • 六部妙典(ろくぶみょうてん)、実は将軍太郎良門(よしかど)
  • 下男茂作、実は俵小藤太守郷(たわらことうだもりさと)
  • 渡辺源吾弘綱 (わたなべげんごひろつな)
  • 碓氷平次貞恒 (うすいへいじさだつね)
  • 猪熊入道 (いのくまにゅうどう)
  • 鹿島踊 (かしまおどり)
  • 旅座頭
  • 金毘羅参り
  • 馬子
  • 滝夜叉姫亡霊

鎌髭の場

鹿島

各々方には御苦労千万、猪熊(いのくま)入道の下知(げじ)により、施行(せぎょう)の宿、これなる家へ。

座頭

旅人(りょにん)にやつし入り込みしに、後より泊まりし、六部(ろくぶ)こそ、確かに尋ねる相馬良門。

金比羅

頼信方の先(せん)を越し、搦(から)め取って差し出せば、

馬子

一足飛びの立身出世。

鹿島

討ち取る手段は、これ、

座頭

なるほどなるほど、さある時は袋の鼠。

金比羅

搦めとるに何の手間ひま、

馬子

なれども、彼奴(きゃつ)めも曲者なれば、

鹿島

いかにもいかにも、かならず油断めさるな。

二人

心得ました。

鹿島

忍ばっしゃい。

大薩摩

夫(それ)立つ冬の夕まぐれ、時しも秋の紅葉して、いろどる時時雨(ときしぐれ)、雲間を洩(も)るる月影も、とぎすましたる鎌の刃と、見やる庭面(にわも)にいかめしく、将軍太郎良門と俵小藤太守郷が、武勇を競う鎌髭の、姿は猛(たけ)く凄まじし。

良門

日もはや西へ遠近(おちこち)の、応(こた)うる鐘の音も冴えて、秋を彩る韓(から)錦。

茂作

あわれを添えて鳴く雁も、落ちて行衛(ゆくえ)は白露の、星とも見ゆる庭の面(おも)。

良門

はて、風情ある、

良門/茂作

眺めじゃなあ。

茂作

時に六部どん、ようよう鎌も砥ぎ上がった。

良門

わしは鎌で髭を剃るのは親父のを見ただけゆえ、申さばこれが初めてでごんすから、上手にやって貰いましょう。

茂作

おんでもべこと、しかし近頃聞いたことのねえこの鎌髭、勝手は知らぬがやっつけようか。

良門

むむ、どれ髭の座へ直ろうか。

茂作

見やんせ六部どん、ちょうど今夜は宵月(よいづき)に、

良門

雲間をはなれありありと、

茂作

形は鎌と同じ三日月。

良門

ほんにのう。

良門

ふーふ。

茂作

はーは。

良門

ふーふ。

茂作

はーは。

良門

ふふ。

茂作

はは。

良門/茂作

ふー、あははははは。

良門

いやすんでのことに、この素っ首が。いやあぶねえことのう。

茂作

剛(こわ)い髭ゆえ力一杯、もしも刃先がこんたの咽へは、

良門

なんともない。私は不死身さ。

茂作

やあ。

良門

それゆえからだへ刃先は立たぬわ。

茂作

すりゃ、それゆえに、ふむ。

良門

はて、

良門/茂作

怪しやなあ。

良門

遥か虚空の東(ひんがし)にあたり、群がる星のただ中に、光を放つ一つの明星。

茂作

東は則ち金星の司(つかさど)る所にして、四方(あたり)に千筋(ちすじ)の光明輝き、その影忽(たちま)ち空に充ちしは、

良門

さては現世に名将現れ、天下を治むる知らせなるか。不思議な奇瑞(きずい)を、

良門/茂作

見るものじゃなあ。

これは、

良門

藤林院(とうりんいん)秀山(しゅうざん)郷里(きょうり)大居士(こじ)、俗名俵藤太秀郷。

茂作

平泉院将門前寂(ぜんじゃく)定善門(じょうぜんもん)。

この将門が位牌を所持なすからは、さては相馬の余類よな。

良門

いいや知らぬ。覚えはない。

茂作

覚えないとは言われまい。最前より見るところ、汝の相形(そうごう)の常ならず。殊にかねがね聞き及ぶ、右の灸所のこめかみに、隠しおおせぬ一つの黒子(ほくろ)は、まさしく一子良門と、三寸俎板(まないた)見ぬきし証拠。

良門

やっ。

茂作

なんと動きは取れまいがな。

良門

むむ、さ言う汝も秀郷の位牌を所持なす上からは、本名なくて叶わぬ叶わぬ。

茂作

いかにも我は俵の一族。

良門

さては俵の一族よな。父の敵秀郷の位牌、当座の腹いせ、まず斯(こ)うなして、

茂作

今の位牌を割ると等しく、放心せしは不覚の至り。

おお此奴の悶絶なすこそ幸い。頼信公に申し上げ、討手の手配り、おおそうだ。

大薩摩

折から吹き込む一陣の、魔風と共にあなたなる、仏間のもとに忽然(こつねん)と、現れ出ずる姫の亡魂。

滝夜

いかにも良門、

御身(おんみ)孝道を全うせんとの願い、諸神諸仏も感応ましまし、今宵導き宿らせし此家(このや)の主(あるじ)こそ、我等親子が仇敵、伊予守頼信(いよのかみよりのぶ)、まった下男に身をやつせしは、父将門を射止めたる、俵藤太が一子ぞや。

大薩摩

有りし姿を仮の世へ、又現わせしは此事を、御身に知らせんためぞかし。

滝夜

怨み重なる彼等が頭(こうべ)、討ち取って父将門やこの滝夜叉の、妄執を晴らしてくれよ太郎良門、心得たるか。

大薩摩

言うよりは早くかき消す姿、うつつに見やる良門は、四辺をきっとねめ廻し、

良門

はて心得ぬ、今秀郷のこの位牌、割ると等しく放心なすうち、ありありと見たる滝夜叉殿が詞(ことば)の告げ。さては此家(このや)に源氏の一類、亡き人々の霊魂を慰むるは今この時、あな嬉しや、悦ばしやなあ。

大薩摩

勇み立ちたる有様は、いかなり鬼神悪霊も、恐れつびょうぞ見えにける。

入道

やれ来いやい。

やあやあ六部、

我が推量に違(たが)わずして、六部は確かに相馬の余類、かく言う我等は都より師持公の仰せを受け、詮議の役の猪熊入道。さあ尋常に腕廻せ。

大薩摩

ひしめく詞を良門は、見向きもやらねば呆れ果て、

入道

やあ返答せぬは奇怪至極、それ引っ立てろ。

鹿島

その儀は委細合点承知。

座頭

承知の浜では鰯がとれる。

金比羅

とれる八方外が浜。

馬子

浜から小僧が泣いて来た。

鹿島

泣いて見たさに飛び立つばかり。

入道

籠の鳥かやほいうらめしや。

四人

ええ置かっせえ。

入道

最前より何んにも言わぬは、唖か聾かのっぺらぼうか。さあ返答はどうだえ。

良門

えへん、東雲南山(とううんなんざん)に横たわれば、西鳥塒(さいちょうねぐら)を出ずるとかや。又北海に大魚あり、この魚化して鳥となる、名づけて大鵬と言う。燕雀(つばめすずめ)の輩(ともがら)には奥底知れぬ太っ腹、しめ込む夜食の献立てには、敵役の濃漿(こくしょう)に実悪の煮こごり、粗飯(そはん)を食(くら)い酒を飲み、腕をもいで枕とす。死生命(しせいめい)あり、富貴(ふっき)天性むてっぱち、此の人にして向う見ず、学んで時に首を抜く、又楽しからずや。五畿八道の隅から隅、およそ日の本六十六部、修法(しゅほう)じゃ外に並びなき、随市川の水を浴びたる坂東(ばんどう)育ち、相馬平氏(じ)と人も知る、小次郎将門が忘れがたみ、将軍太郎良門、間近く寄って面像拝み、奉れえ。

大薩摩

あたりを払う勢いは、勇ましかりける次第なり。

四人

いよー。

入道

ほざいたりな野だわ言(ごと)。そう言や、いっそ。

鹿島

これこれお頭(かしら)、どうなされた。

四人

どうなされた。

入道

いやなんともいたさぬ。木の根につまづき思わぬ不覚を取ったのじゃ。

鹿島

いでこの上は我々が、手柄になして、

四人

くれべえか。

入道

待て待て待て。斬っても突いても疵のつかぬは、こりゃどうじゃ。

良門

べらぼう坊主め、生得不死身の此のからだ、鈍(なまく)ら刃金(はがね)が立つものか。

入道

なに、刃物がからだに立たねえとは、

鹿島

不死身な身体も、

四人

あるものだなあ。

入道

もうこの上は手捕りにしろ。

四人

合点だ。

良門

目ざす敵は此の家(や)の主、首ねじ切って仏へ手向け。

おおそうだ。

茂作

待てええ。

良門

なんと。

茂作

待ちやがれえ。

何処へぐぜるかまあ待った。相馬の余党のあばれ者、引っ捕らえよとの厳命うけ、待ったと声を揚げ幕から、再びつん出た某(それがし)は、俵の藤太秀郷が、跡を受けつぐ惣領息子、同苗小藤太守郷とて、しかもようよう前髪を剃り落としたる初名題、当年積もって十八歳、も一つ歌舞伎の十八番、合わせて三十六鱗(りん)の、鯉の竜門出世の手始め、おぼつかなくも名乗りかけ、やって三升か三つ猿の、人真似ながら荒事に、本家の許しを得手物の、鉄っ拳をお見舞え申すぞ、誰だと思うええ、つがもねえ。

良門

なに猪口才(ちょこぜえ)な

良門

やあ、怨みを晴らす一騎討ちに、加勢なんぞは叶わぬ叶わぬ。

渡辺

加勢にあらぬ我々は、頼信公の仰せを受け、

碓氷

まかり向かいし君の上の上意。

良門

聞きたくもなき上意呼ばわり、もうこの上は破れかぶれ、近寄るものは死人(しびと)の山だぞ。

渡辺

やれ、早まるな、相馬良門。

旅人施行と言い触らし、おびき寄せたる主君(きみ)の計略、

碓氷

うかうかと乗って来りしからは、その身の武運のつくところ、幕下の武士へ命をくだし、この家の八方取り巻かすれば、

渡辺

袋の鼠も同然なれど、武士の表を思しめされ、ひとまずこの場を見逃して、相馬の残党催促させ、

碓氷

また改めて戦場にて、勝負を決せん思しめし。

渡辺

心得たるか、相馬、

渡辺/碓氷

良門。

茂作

さすがは我が君、仁あるお詞。

入道

足元の明るいうち、早くこの場を、

退散退散。

良門

むむ、一旦この場は立ち退くとも、怨みの念は変わらぬ鉄石、時節を得て旗揚げなさん。やいづく入(にゅう)、いま頼信の詞にまかせ、ひとまずここを立ち退くが、よも言い分はあるまいな。

入道

その言い分は、

良門

その言い分は、

入道

む、ない。

渡辺

互いの運は戦場にて、

碓氷

まずそれまでは将軍太郎、

良門、

良門

さらば。

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