歌舞伎十八番の内 毛抜 その3

歌舞伎十八番の内 毛抜

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目次

役名

  • 小野左衛門春道 (おのさえもんはるみち)
  • 同一子春風 (はるかぜ)
  • 家老八剣玄蕃 (かろうやつるぎげんば)
  • 同一子数馬
  • 家老秦民部 (はたみんぶ)
  • 同弟秀太郎
  • 桜町中将清房 (さくらまちちゅうじょうきよふさ)
  • 小原万兵衛 (おはらまんべえ)実は石原瀬平(いしはらせへい)
  • 粂寺弾正 (くめでらだんじょう)
  • 小野の息女錦の前
  • 侍女巻絹 (まきぎぬ)
  • その他忍びの者
  • 仕丁
  • 侍等

小野春道館(おののはるみちやかた)の場

弾正

はて、合点の行かぬ御病気じゃなあ。髪の毛は血分(ちぶん)の余り、しいかんじんを予(かね)てしたうと聞き及ぶ。血分の足り不足(ふた)りによって、いろいろと髪筋に格段はあるものなれども、あの通りに髪の毛の逆様に立つというは、まったく五臓のなるところでもなし、またあの薄衣も合点が行かず、思案をして見れば見るほど、はて訝(いぶか)しい御病気じゃなあ。

秀太郎

お使者様御苦労に存じまする。わたくし儀は秦民部が弟、同苗秀太郎と申す者でござります、民部申し越しまするは、弾正さま御退屈にござりましょう。追っつけ御口上の通り、大殿様へ御披露申し、御返事を承り、拙者がお目にかかりますでござろう。お待ち遠ながら、今しばらくお控えなされて下さりましょう。わたくしに参ってお伽を申せと、申しつけましてござりまする。

弾正

これはこれは御丁寧な。あの其許が民部どのの御舎弟、はてよい御器量かな。御才人に見えまする。末頼もしゅうござる。さだめて弓槍のお稽古なされてござりましょうの。

秀太郎

はあ、槍は静間、弓は那須野流を稽古いたしまする。

弾正

これは二道とも結構な流儀でござる。精出しましょうぞ。して、馬はどの流儀を稽古なさるるな。

秀太郎

いや、馬は稽古にかかりませぬ。

弾正

まだ馬は稽古せぬ。

秀太郎

さようにござりまする。

弾正

これはしたり、弓馬の道と申して、武士の一番最初に稽古いたさねばならぬ儀でござる。御油断に聞こえまする。さっきゃくながら、馬ののりよう、拙者御指南申しましょう。

秀太郎

それはかたじけのうござりまする。当瀬におきまして、粂寺弾正さまの御指南を受けますると申すは、いかいわたくしの規模(きぼ)でござりまする。どうぞ御指南頼み上げまする。

弾正

易いこと易いこと、指南いたさいでどう致そう。先ず馬の乗りよう、一寸教えましょう。立ち入っては様々むずかしい儀もござれども、第一は手綱捌きが稽古の初めでござる。手の内が大事じゃ。御指南申そう、お手を取りまする。

さて柔らかな手かな、先ず手綱をこう握って、こうじっと締めてな。この手の内、御合点か。

秀太郎

あいあい。

弾正

さて、これからが、肝腎肝文、馬の乗りよう、鞍坪へ腰の据えよう。さらば御伝授申そうか。

こう絞めつけて乗り据えるが、伝授でござる。これはどうもならぬならぬ。鞍の上の乗り具合、てんと命め命め。とてものことに、一馬場(ひとばば)せめて御指南申そうか。

秀太郎

ああこれ、悪いことなされまするな。

弾正

はて、これが馬の乗りよう。指南稽古というものは、じっと辛抱せねば芸が上がらぬ。これ、拝む拝む。

秀太郎

ああこれ、悪いことなされまするな。わたくしはそんな馬の稽古は存じませぬわいなあ。

弾正

これは没義道(もぎどう)な。口のこわい馬かな、たった一馬場。

秀太郎

自堕落な、おかっしゃりましょう。

弾正

ははははは、はて、堅い若衆かな。近頃面目次第もござりません。

はて、返事は待ち遠しいことかな。

どうもあの髪の逆立つは、思案して見ても、とんと読めぬことじゃ。薄衣を外すと、

ドロドロ、いや、どうしても合点が行かぬ。

巻絹

お姫様からの御口上でござりまする。弾正さまには、さぞ御退屈にござりましょう。せめての御気慰みに、挽(ひ)き置きながら上林(かんばやし)の初昔(はつむかし)、お姫様のお手前で、薄うお立てなされた、一服あがって下さりmせいとの、御口上でござりまする。

弾正

これはお心のつかれた有難い仕合せでござりまする。お姫様からのお茶とは、どうも言えぬ御馳走。さらば下さりましょう。

お姫様のお茶も嘸(さぞ)かしでござろうが、先ず差しあたって、其許のお茶一服喰べたいです。

巻絹

ああこれ、てんごうなされまするな。さあ、お姫様からのお茶を、早う召しあがりませい。

弾正

なんぼう有難いといっても、お姫様のお茶は頤(おとがい)の滴(しずく)で、肝腎肝文のお茶が入らぬ。其許のを一服所望致したい。なんと男の肌は初音か初音か。

巻絹

ええ嗜(たしな)ましゃんせ。堅い顔して、わしゃそんなことは知らぬわいなあ。

弾正

てんとこれで二杯ふられた。さらば一服たまわろうか。

こりゃどうじゃ、毛抜に足が生えたわ。とかく合点の行かぬ。下に置くと踊る。取るとなんともなし。はて、その意を得ぬ。今日ほど合点の行かぬことのある日はない。どうでもここは化物屋敷ではないか知らぬ。

毛抜の踊るというは、とんと読めぬことじゃ。

ふむ、煙管は踊らぬ。

あれあれ、また踊るわ。

毛抜と小柄は踊る。煙管は踊らぬ。はて、これはなんぞの。

はて、合点がゆかぬ。

民部さまはどれにござりまする。民部さま民部さま。

弾正

こいつも化物そうな。とかく化物屋敷に極まった。

玄蕃

あわただしい。両人を呼んで何事じゃ。

いえもう、大きなことが出来ましてござりまする。

民部

気遣しい、何ごとじゃ。早く申せ、何ごとじゃ。

只今百姓体の賤しい者が、お玄関へ参りまして、若殿春風さまに、直にお目にかかって用があると申して、のさのさ奥へ踏み込みまするゆえ、当番の侍どもが居ましてござりますれども、なかなか強勢(ごうせい)者で、張り倒し突き倒し、もうこれへ参りまするようにござりまする。

民部

不調法千万な。なにほど強勢なればとて、留めぬということがあるものか。早く追い戻せ追い戻せ。

こう申すうちに、あれあれ、これへ参りまする。

弾正

また化物が湧き出るそうな。油断のならぬ屋敷じゃ。

万兵

なんぼうおぬしたちが留めても、留まる男じゃない。天満天神(てんまてんじん)住吉大明神がお留めやっても、春風どのに逢わにゃならぬ。さあ、退いた退いた。

貴様達とのせり合いによって腹がすいた、先ず兵糧を遣うて、

このお館の息子春風どのにお目にかかろう。春風どの、出さっしゃれ出さっしゃれ。まあ腹でも丈夫にして。

春風どの、出やらぬかいの出やらぬかいの、借銭乞いの言いわけするように、古い格で留守を使うまいぞ。さあ、出やいの出やいの。

民部

待とう。見ればはるか賤しい下郎じゃが、若殿に軽々しい、お目にかかろう出やれのと、緩怠(かんたい)千万な。酒の酔か狂人か。出て失せおろう。この上に狼藉すると、手は見せぬぞ。

万兵

ははははは、あんまり叱って貰うまい。若殿でも夜の殿でも、逢うて用があるから来たのじゃ。滅多に叱り立てして、後であやまるな。侍がつくぼうて、三拝するは見苦しいものでえす。すっ込んでお居やれいの。春風どのはどうだな、出ぬか、惣領どの、いや春風どの、うんつく太郎どのへお目にかかりたい。いや、逢いたいわいの。

民部

いや、推参な下郎めが。出て失せぬか。。

玄蕃

民部殿、お待ちゃれ。めったに叱るまい。いずれも、若殿に逢う筋があればこそ、歴々の屋敷へ踏み込んで最前からの体(てい)。あれが言う通り、ひょっと後で、こちとがあやまりになるまいものでもない。一通り様子を聞いて、その上でのことさ。こりゃそこな男、そちゃ元来何者じゃ。どういう仔細で春風どのに、直に逢いたいと言うぞ。

万兵

其許のように下から出さっしゃれば、いかにもおれが名も所も名乗り申すじゃ。あのお侍どののように叱ったてて、びくりとも動く男ではない。おれが名を聞きたくば言うて聞かそう。おれはこのお屋敷に腰元奉公を勤めていた、小磯という者の兄、小原の万兵衛という者でえす。村でもちょっと口を利く百姓でえす。

こう言うからは、もう春風どのが合点であろう。さあ春風どの出やっしゃれ。手の悪い、留守遣うのか。どうするのじゃなあ。

民部

小磯が兄といえば、この方の家来も同然。いよいよ慮外な奴め、侍ども、こいつ引っ立てい。

立とう。

春風

侍ども、かならず聊爾(りょうじ)すな。民部控えめされい。

民部

これははしたない。お前のでなさるる儀ではござりませぬ。さあ、奥へお出でなされませい。にっくい奴め。

春風

よいてや。小磯が兄といえば、いかにもおれが密かに逢うて言うことがある。幸いじゃ、必ず叱るまいぞ。

民部

はあ。

玄蕃

いかさま、こりゃ直にお逢いなされば済みそもない。どうやら縺(もつ)れ廻ったような詮索であるぞ。

春風

さてはそちが小磯が兄、小原の万兵衛じゃな。はてよく来たなあ。いかにもおれに逢いたいこともあろう。おれも又ちとそちに逢いたいことがある。まあ聞こうわ、小磯は息災か。

万兵

なんじゃ、息災か。ここな、春風の人殺しめ。

春風

やあ、なんと。

万兵

こなたは人殺しじゃわいの。

数馬

いや、推参なやつの。大切の若殿を人殺しとは。

秀太郎

最前からの狼藉、見逃しにはなりますまい。数馬どの。

数馬

秀太郎どの。

両人

引っ立てましょう。

春風

こりゃ両人、かならず聊爾(りょうじ)するな。

両人

でも、あまりと申せば過言を申しまする。

春風

おれが静まれと言うに、静まらぬか。

両人

はあ。

春風

なんと言うぞ、春風が人殺しじゃと言うか。

万兵

おおさ、こなたは人殺しじゃ。

春風

そりゃ、どういうことで人殺しじゃ。

万兵

死にましたわいの。

春風

死んだとは誰が。

万兵

妹小磯が。

春風

やあ、小磯が死んだ。

万兵

くたばった。くたばってしもうた。

春風

あの、小磯が。はああ、可愛やなあ、そりゃまたどうして死んだ。

万兵

どうしてとは。こなたが殺した。そこでこなたは人殺しじゃわいのう。

春風

こりゃこりゃ、粗相なことを言うな。どうしておれが小磯を殺すもので。

万兵

なんぼう隠しても、もう逃れぬ。こなたが小磯を殺したわいの。

民部

いや、様々のことをぬかしおる。いよいよこいつ乱気者(らんきもの)に極まった。それ、侍ども。引っ立てい。

玄蕃

侍ども、指でもつけな。民部、先刻(さっき)にから滅多にこの男を叱りめさるが、まだ白とも黒とも理屈の知れぬうちに、狼藉者じゃの乱気じゃのと粗忽千万、控えめされ。万兵衛とやら、わりゃ男気で面白い物の言いようじゃ。沙汰はないこと。この御家中で耳の明いて聞き分ける人間はおれ一人。ここに居合わせてそちが仕合せ。おれが聞いてくりょう。して妹は、どういう仔細で死んだ。

万兵

お前さまのように、事を分けて聞いて下されば申しまする。これ春風どの、よう聞かっしゃれ。おれが妹は一年一両二分の給金で、こなたの妹御の所へ腰元奉公にこそ住みましたれ、こなたの妾には住みゃせぬぞや。また妾に住まわすなら、牛の寝たほど金を取って、高津(こうず)新地で馬乗場(うまのりば)ほどな屋敷を買うて、親子兄弟が寝て暮らすわいの。そんなむさい性根を持つ万兵衛でない。ろくろくに合点もさせず妹を、こなたはなぜつまんだ。こなた、なぜ盗み喰いしたぞいの。

春風

これこれ、声が高い、人が聞く。さあ、それは知れてあることじゃ。静かに言うてたも言うてたも。

万兵

いや大きな声をして言う。人が聞こうが誰が聞こうが、そこに頓着(とんちゃく)はない。言うことは言わにゃ置かぬ男でえすじゃ。

玄蕃

そうじゃ、男というものは言いにくい場所を、さっぱりと言うて退けるが男じゃ。聞き手はこの玄蕃じゃ。遠慮なしに、なんなりともツカツカ言え。

万兵

どうでもお前さまは、よいお人じゃ。言うて見ましょう。可愛そうに妹めが、いやがるものを主(しゅう)の威光で、叱ったり脅したりして、無理矢理三宝に押しつけ業(わざ)が、積もり積もりて因果なことには、妹めが腹はぽてれん。さあ、こなたの心に覚えがあろう。情をかけて、せめて館で目出度う産み落とさせ、末々には奥様にでも据えることか、慰みたい時は慰んでおいて、お腹に言い分が出来たりゃ、僅かなことを越度(おちど)に言い立て、暇出しゃったぞ。なんとこれが侍の身持ちでえすか。そりゃ侍でも何でもない。おれが前へ言いわけして見やれ。

懐胎のうちは介錯を頼む、見捨てはせぬと、こなたの直筆で書いておこしゃったこの書附、これが物言う。見捨てまいと言うておこっしゃってから、合力(ごうりょく)のことはさておいて、今日が日までむしのこ一匹見舞いにこぬぞや。

春風

さあ、それには段々。

万兵

いや、言いわけ止(よ)しにしてもらおう。口車に乗るような万兵衛じゃござらぬ。それでもあいつが可愛さに随分と介抱して、朝晩の喰い物にも気をつけ、苦労した。聞いておくりゃれ、鰹節の代と鱚(きす)の乾物代が六貫目余りいった。それ程にまで介抱したところを、あいつが因果のつくばいに、今月十三日の日に、虫気がついて網にかかりおった。産月がたらぬかと思いながら、やれ、医者よ、薬よ祈祷のと、手足を擂粉木(すりこぎ)にして駆け廻って、取り上げさえ取りかえ引っかえ、およそ百三十五人かけたれども、よくあいつが因果のつくばいやら、それはそれは難産で、三日三夜さ網にかかって苦しんで、産み落とさずくたばった。その苦しんでいるうちに、妹めが言いおるは、こう懐胎の身にならずば死にはせまいもの、わしが嫌じゃ嫌じゃと言うものを、無理矢理にこうした身にしておいて、一度の問い音信(おとずれ)もせず、男めはのめのめと楽しんでおり、恨めしいは春風さん、聞こえぬというは若殿、わしが敵というは小野春風さんじゃ、必ず必ず敵を取って下さんせ、あ苦しや、堪え難(がた)やと、身をもがいて、足掻(あがき)死に死におった。その時のありさまを、思えば思えば可愛うて可愛うて、惨たらしいことをしたわいのう。

民部

ほい。

玄蕃

なにさま、こりゃそちが言う通り、こっちの惣領どのが殺したも同然じゃ。なるほど違いもあるまい。人殺しというものじゃ。なんと民部、これじゃによって、めったに叱られぬて。

万兵

おれが侍ならば、妹の敵じゃ、こなたを真二つに打(ぶ)っ放すんじゃが、口惜しいわい。そこが土百姓のあさましさ。敵討ちはかなわんかや。千も万もない、さっぱりと料簡つけてやりましょう。

民部

それはかたじけない。何ごとも皆因縁というものじゃ。この上はそちが料簡してくれねばならぬわい。

万兵

そんなところに無理を言う万兵衛でもござんせぬ。敵討ちも止めにして、春風どのの名も出すまい。結構な料簡して進じょう。

玄蕃

それはかたじけない。どんな料簡でも聞こう。是非に及ばぬと思いあきらめてくれさ。

万兵

料簡というは。

民部

どうじゃぞ。

万兵

妹を返して貰いたい。

春風/民部

やあ。

万兵

妹さえ戻して貰えば、言い分はないほどに、そう合点さっしゃれ。なんと、さっぱりした料簡でござんしょがの。

民部

あの死んだ妹を戻せか。

万兵

春風どのが殺したからは、春風どのの方から取り戻すが、わしが無理でごんすか。

玄蕃

いかさま、こりゃ尤もな料簡じゃ。

民部

なんのそれが尤もな料簡か。なるほど、そう腹を立ってねだりかけるも至極無理ではないが、一度死んだ妹が、どうかえされるものであろう。ほんのわやくな子が、ねだるようなもので、二年三年争うても、埒のあかぬことじゃ。よいよい、この上はおれが料簡つきょう。御用金を持て。

秀太郎

はあ。

民部

若殿にも、さぞ残念に思し召そうが、生死(しょうじ)の道は力に及ばぬ。兄妹の仲、われもさぞ悲しかろう。そこは思い諦めてくれたがよい。この金子は少々ながら、若殿より下さるる。百両は小磯が未来のため、菩提所(ぼだいしょ)へ寄進して、ずいぶん後を懇ろに弔うてやれ。また百両は其方に下さるる、位牌所賑やかに取り計ろうたがよい。この上は小磯じゃと思うて、其方を見捨てはなさるまい。さあ、これを規模にして帰れさ。

万兵

あのこの二百両で、料簡して帰れか。

民部

若殿のお志じゃほどに、持って帰れさ。

万兵

馬鹿な侍じゃ、人の命が銭金で買われるものか。ふむ、そんなら金をねだりに来たと思やるか。これ、万兵衛は男でえすわいの。めくさり金の百両や二百両、何にするものじゃ。そんなことすると気が悪うなるぞ。さあ、千も万も入らぬ。早う妹を返して貰おう。

玄蕃

いかさま、こりゃ金づくじゃ済みそもないものじゃ。

春風

そんなら玄蕃、どうぞよい料簡があろうかの。

玄蕃

依怙贔屓(えこひいき)なしに、正道(しょうどう)に申そうなら、こなたの首を渡すか、妹を戻すか、この二つのほかに料簡はないじゃ、がどうもそうなるまい。歴々の民部どのお扱いにかかって居やるに、外から口を差し出して言おうようもなし。ゆるりとこれにて見物いたそう。数馬、煙草盆持て。

数馬

はあ。

秀太郎

兄じゃ人、あれをお聞きなされたか。なんと料簡ござるまいか。しょせん面倒な。わたしが御前を引っ立てましょう。

民部

よいよい、身に思案がある。静まっていようぞ。

聞けば小磯には阿母(おふくろ)があるげな。それをはったりと忘れた。この三百両は、若殿から阿母へ下さるる、寺詣り金にでもおしゃれ。都合五百両、この金子で料簡して、早う帰れさ。

万兵

とり貝かうるめの乾物を買うように、ちびちびとそんなことじゃゆかぬ。五百両のはした金で小磯が命を取り戻されるか。春風の人殺し、さあ、妹を返して貰おう。

民部

これさ、声が高い。奥にはお勅使のお入(い)りじゃわい。

春風

親人の耳へはいると、どうもならぬ。料簡して去(い)んでたもいのう。

万兵

勅使でも杓子(しゃくし)でも、そこらに遠慮はない。こなたはおれが妹を殺したじゃないか。ええ。

民部

いや、推参な。

万兵

こりゃ、どうするのじゃ。妹を殺して、まだ足らないで、またおれを殺すのか。それでは小野の家が立つまいわいのう、さあ、殺さりょう、殺した殺した。

さあ、妹を返すか、おれを殺すか、どうするのじゃ。

民部

さあ、全くそういうことじゃない。そう高声(たかごえ)を出されては。

万兵

ええ、面倒な侍じゃ。

秀太郎

いや、推参な。兄じゃ人をなんとする。

玄蕃

こりゃ秀太郎、あの男に指でもさすと小野のお家が立たぬぞ。皆惣領のうんつく太郎どのゆえじゃ。大事のお家の名の出ること。民部、控えていやれ。

春風

さあ、それじゃによって、何分にも料簡して、早う戻ってたもいのう。さあ料簡してたもいのう。

その4へ。

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