青砥稿花紅彩画 序幕 神輿ヶ嶽の場 / 同稲瀬川谷間の場

白浪五人男 序幕

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目次

役名

  • 信田小太郎 実は弁天小僧菊之助 (しだのこたろう じつはべんてんこぞうきくのすけ)
  • 旅僧 実は日本駄右衛門(にっぽんだえもん)
  • 南郷力丸 (なんごうりきまる)
  • 忠信利平 (ただのぶりへい)
  • 赤星十三郎 (あかぼしじゅうざぶろう)
  • 小山の息女千寿姫

序幕 : 神輿ヶ嶽の場

足軽一

何とまあとんだ事が起こったものではないか。今日清水の御仏参からお姫様のお行方が知れず、そこでおいら達が勤めのほかにこんな加役、迷惑なものではないか。

足軽二

聞けばお許嫁の信田の左衛門様の若殿、小太郎様と御一緒にお逃げなされたとやらいう噂。

中間一

その小太郎様というは、たしか北条光時の謀叛に荷担をして、今ではほんお屋敷も召し上げられ、御浪人なさるとのこと。

中間二

お姫様も物好きな、家もない人と逃げてどうなさる御了簡であろうの。

足軽一

そこが思案のほかとやら、深山の住居糸取り機織り賃仕事、柴手業もやせぬ。

三人

何を言わっしゃる。

足軽二

しかし、いくら尋ねても、ただの迷児と違って駆け落ち者では、そこらにうろついている気遣いはなし、雲を掴むような捜しものだ。

中間一

これにかかって内職の草鞋は作れず、他に余計な宛行は下されず、つまらぬものさの。

中間二

何でも迷児を捜す手間で、物でも拾わにゃあうまらねえ。

足軽一

噂をすれば影とやら、何か落ちていた落ちていた。

三人

何だな何だな。

足軽一

何か書いた物だ。

中間二

もし、探し物の辻占になろうも知らぬ、ちょっとこいで読んで見つしゃい。

足軽一

なるほど、それじゃあ私が読んで見よう、浄瑠璃名、役人替名(かえな)、浄瑠璃太夫清元。

足軽一

こりゃあてっきり意気事で、道行という筋に違えねえ。

足軽二

足意気だと思うと、お互いにむほんを起こして散財だ。

中間一

その謀叛で思い出した、今言った謀叛の名は何とか言ったの。

足軽二

ありゃあ北条光時さ。

足軽一

おお北条北条、そのため北条きよう。

三人

いや、わりい洒落だ。

足軽一

ははははは、こんな無駄を言う手間で、もう一ぺん尋ねて見よう。

三人

それがいい、それがいい。

皆々

迷児の迷児の千寿姫さまやあい、千寿姫さまやあい。

弁天

たしかに今のかね太鼓は、そなたを尋ぬる追手の者、見咎められなば一大事、定めし疲(くたび)れたではあろうが、今に休息さすほどに、少し辛抱してたもや。

千寿

あい、もう歩み習わぬ山路(やまみち)故(ゆえ)太(いこ)う辛(つろ)うは思えども、愛しいあなたと御一緒故、それが嬉しいばっかりに、さのみにも存じませぬ。

弁天

それほどに思うてくりゃるそなたの親切、わしこそ嬉しゅうござるわいの。

千寿

そのお言葉が真実(まこと)なら、どうぞ替わって下さりまするな。

弁天

何替わってよいものぞ。しかしながらここは往来、幸い向こうに見える辻堂で暫時(しばし)二人が足休め。

千寿

左様なれば、あの所へ、

弁天

さ、気を付けておじゃ。

もうここまで来れば、心遣いはないほどに、ゆっくりと休息したがよい。

千寿

それはまあ、お嬉しゅう存じまする。唯今あのように申しましたが、私はもうきつうくたびれましたわいな。

弁天

おおそうであろう、それは私も推量している。今までどこへ出やるにも、駕籠でなければ出ぬこなたが、よしない私(わし)故この難儀、どうぞ堪忍してたもや。

千寿

勿体ないことおっしゃりませ。あなた故ならどのような憂いも辛いも厭わねど、ついぞこれまで絵にも見ぬ物淋しいこの山中、心細うてなりませぬ。早うこのような所はまいりとうござりまする。

弁天

何の私(わし)がいれば気遣いはないほどに、まあゆっくりと休みゃいの。

千寿

それでも、何ぞ出やせぬかと思えば、怖(こお)うて怖うてなりませぬ。

弁天

おおほんに、このあたりは猪(しし)狼(おおかみ)が出るとの事。

千寿

あれえ。

弁天

これはしたり何をそのようにおどろくのじゃ。

千寿

それじゃというてそのようなことおっしゃる故、猶々(なおなお)怖うてなりませぬ。少しも早くお屋敷へお連れなされて下さりませ。

弁天

なに、身共が屋敷へかな。

千寿

はい、まだよほどござりまするかえ。

弁天

この身は浪人、屋敷というては、

千寿

それでも仮のお住居(すまい)が、

弁天

さあ、その仮の住居というは、

千寿

さあ、何処(いずく)でござりまする。

弁天

外(ほか)でもねえ、此処だ。

千寿

ええ。

弁天

この辻堂が仮住居だ。

千寿

すりゃ、信田の小太郎様とおっしゃったは、

弁天

偽りだ。おらあ弁天小僧という盗人だ。

千寿

えええええ。

ふむ、さては最前の奴殿、あれもこなたの、

弁天

おお同類だ。南郷力丸というやっぱりおれが一つ仲間だ、形(なり)の小せえところから小太郎の吹替でまんまと化けた喰わせ者、何と胆がつぶれたか。

千寿

そういうたくみと露知らず、日頃こがれた一筋に、恋しい殿御と思いつめ、たばかられしはこの身のあやまり、それに就けても合点行かぬは千鳥の名笛(めいてき)、小太郎様へ結納の印に上げしその品を、こなたが所持していやるのは、

弁天

さあ、この笛についちゃあ、哀れな話のあることよ。

千寿

なんと言やる。

弁天

忘れもしねえ去年の冬、信州路から甲州へかかる路にて巡礼が、雪に苦しみ九死一生、不便なことだと介抱して様子を聞けば信田の嫡子、小太郎という者だが、所詮病のそのためにここで命は終わるとも、せめて所持するこの笛を許嫁(いいなずけ)せし小山家へ、返した上で結納に取り交わしたる胡蝶の香合、それを受け取り信田家の菩提所円覚寺へ納めてくれと言ったが別れ、果敢(はか)ない往生。袖振り合わすも他生の縁と死骸をその場へ葬って、それから直に鎌倉へ出かけて今日のこの仕事、おぬしが二世の許嫁小太郎殿の世話をした、おれがお前に出っくわすとは、はて緑というものは、おつなものだ。

千寿

そんなら真実の小太郎様は、あのお果てなされしとか。何故そういうことなら夢になりとも知らせては下さりませぬ、許嫁も名ばかりにてお顔も見ずに別るるとは、何たる因果なことじゃぞいなあ。

弁天

今更いくら嘆いても、行って返らぬ十万億土、死んだ男は思いきり、今日からおれが女房になりゃれ。

千寿

知らぬ前は是非なけれど、それと知りつつどうまあこれが、

弁天

そんなら、いやか。

千寿

さあ、それは、

弁天

女房になるか、

千寿

さあ、

両人

さあさあさあ、

弁天

早く返事を聞かしてくりゃれ。

千寿

どうでけがせしこの身体、その言い訳には、いっそこの身を、

弁天

や、

千寿

そうじゃ。

弁天

やれ、谷へ跳び込んだか、おしいことをしてしまった。然し、厭だというのも尤もだ。今言ったのは出放題、明かして言やあ現在の許嫁した亭主の敵。雪に凍えし巡礼を親切ごかしに介抱なし互いに話す身の素性、とっくり聞いて締め殺し、千鳥の笛をこっちへまき上げ、それを証拠に黄金の香合を騙りとった今日の仕事、段々命の縮まった弁天小僧も今日からは、お姫様から下されもので、とっ百年も生き延びられるわえ。

こりゃあだいぶ夜が更けた、どりゃそろそろと出かけよう。

駄右衛門

ああいや申し若いお人、ちょっと待って下され。

弁天

待てとは、私がことかえ。

駄右衛門

いかにも左様。どうぞここまで来て下され。

弁天

見れば旅の修行者殿、そうしておれを呼んだのは、何ぞ用でもあるのかえ。

駄右衛門

はてまあ、その用は後でも分かる。私も宵から辻堂で明かす心で寝て見たが、隙間を洩れる山風でどうもおちおち寝つかれず、一人淋しくいる中(うち)に、この寒さが辛いやら何処かの森に女子(おなご)の泣く声、

弁天

え、

駄右衛門

さ、若い者でも身にあたるこの寒さ、ここで焚火をしょうほどにゆるりとあたって行かっしゃれ。

弁天

そりゃあ折角の思し召しを、無にするも何とやら、それじゃあお言葉にあまえて、御馳走になりましょう。

駄右衛門

そうさっしゃれさっしゃれ。

弁天

ときにお修行者、お志のこの焚火でしんそこから暖まりましたが、わしゃあちっと気の急くことがありますから、何の用か知らねえが、早く聞かせておくんなせえ。

駄右衛門

まだまあ見ればこなさんは、一向年も行かっしゃらぬが、ああ末頼もしいいい度胸だ。

弁天

これさ、入らざることを言わねえで、用があるなら早く言やれな。

駄右衛門

その私が用というは、ちっとこなたに無心がある。

弁天

そりゃあ何か知らねえが、身にかなったことならば、

駄右衛門

聞いて下さるか。

弁天

して、その無心は、

駄右衛門

外でもねえ、おぬしが今日の仕事にかけた黄金で作りし胡蝶の香合、それを私が貰いたい。

弁天

むむ、すりゃ最前からの様子をば、

駄右衛門

残らずあそこで聞いていた。

弁天

そう知られたら仕方がねえが、坊主相応一文か二文の施しを頼むならしてもやろうが、大それた世にも稀なる胡蝶の香合、これをほしいというからは、さてはうぬも通常(ただ)の修行者ではねえな。

駄右衛門

知れたことよ、表面(おもて)は仮に仏の姿、心は鬼の世渡りに、聞きゃあのがさぬ地獄耳、無間どころか無惨にも世間知らずの懐子、姫を釣り出し小太郎になった手前が化けの皮、剥いで聞かせたその通り、おうむ返しに今ここで坊主と見せた正体を、明かして言やあおれも盗人、今東海道に隠れのねえ日本駄右衛門というは、おれがことだ。

弁天

そんなら噂に聞き及んだ、駄右衛門殿とはこなたのことかえ。

駄右衛門

おそらくこの日本はおれが縄張り、大概立派な盗人なら、おれの知らねえ奴はねえ。それに見りゃあ中僧(ちゅうぞう)だが、どうしてなかなか立派なものだ。こういう奴のあることはついぞこれまで知らなんだが、そうして手前手が名は何という。

弁天

わっちの生まれは鎌倉だが、小児(がき)の折から縁あって岩本院に稚児奉公、見なさる通りの性根だから、手習いなざあそっちのけ、先ず賽銭からくすね出し、それ故島を追い出されあっちこっちといるうちに、持ったが病の昼稼ぎ、どうやらこうやら本物になったも元が江ノ島で育ったとこから異名に呼ばれ、誰言うとなく弁天小僧、名も祖父さんに縁ある菊之助という小僧だが、これを縁にこの後はお心安くお頼み申します。

駄右衛門

その近付きは後でのこと、おれが望みの胡蝶の香合、渡す心か渡さぬ気か、そのいきさつはどうする積もりだ。

弁天

いや、なりません。

駄右衛門

どうしたと、

弁天

さればさ、お前の名を聞かぬ中なら兎も角も、日本駄右衛門という名に聞きおじして、恐れてこれを渡したと言われちゃあ、弁天小僧が名のすたり、それだによってやられねえ。

駄右衛門

おれもまた日本駄右衛門、大人気ねえが望んだ香合、腕ずくでも取らにゃおかぬ。

弁天

こりゃ面白い、相手に取って不足のねえ、こなたの首をおれが貰うか、

駄右衛門

その香合をこっちへ取るか。

弁天

二つに一つは、

駄右衛門

首と香合、

弁天

この場へかけて、

駄右衛門

一六勝負の、

弁天

命のやりとり、

駄右衛門

さあ来い小僧、

弁天

合点だ。

駄右衛門

さあ小僧、動かれるなら動いてみよ。

弁天

殺して下せえ。

駄右衛門

何と、

弁天

さあ、いくら息せい引っぱっても、高いと低いで仕方がねえ、どうで一度は死ぬ身体、一思いに殺して下せえ。

駄右衛門

いいや、命は取るめえわえ。

弁天

むむ、何で命を取らぬとは、

駄右衛門

その替わりに手下になれ。

弁天

むむ、頭と頼んで不足のねえ、鳴り響いたる駄右衛門殿、いかにも手下になりましょう。その印にはこの香合。

駄右衛門

いや、我が手下になるからは、手前の働き、貰うにゃあ及ばぬ。

弁天

そんなら、このまま、

駄右衛門

その替わり、規定(ぎじょう)の連判、さあ、連判しやれ。

弁天

合点だ。

序幕 : 稲瀬川谷間の場

浄瑠璃

山の端にいつしか月も木隠れて、暗き谷間は鶯のほう法華経の声絶えて、紅蓮の氷解けやらぬ八寒地獄に異ならず、

千寿

おちこちの活計(たつき)も知らぬ山中へ、覚束(おぼつか)なくも呼子鳥(よぶこどり)、冥土の鳥に誘われて、宝の言い訳女子の操この身を捨てしが、最早ここは冥土なるか。ても何というところやら、誰ぞに問いたいものじゃなあ。

浄瑠璃

ほんに思えば姫御前のまだふみも見ぬ恋の道、迷うてここへ遠近(おちこち)の冥土の路という奈落の底と三つ瀬川

浄瑠璃

これは吾妻の稲瀬川、河原へ帰る袖乞いが、

子供

おい、今日は貰いがたんとあったから、旨え物をおごんねえ。

胴六

よしよし承知だ、尾頭付きで食わせるわ。

お松

そりゃあいいが、又呑みすぎてぶうぶうは御免だよ。

胴六

べらぼうめ、おれがぶうぶうより手前の角にも困らせるぜ。

子供

おい、角に困るなら、赤鬼はもう御免だ。

胴六

こいつぁ、あやまった。

子供

さあ行こうじゃないか。

浄瑠璃

あじな閻魔に子まで持ち、丁度三途の川の字に夜のねぐらをたどり来る。

千寿

おおよい所へ往来の人、これ、物が問いたいわいの。

胴六

物が問いたいとは何だえ。

千寿

あれえ。

胴六

何をそんなにびっくりしなさるのだ、何も怖いものじゃあござりませぬ。小鬼を連れてお門(かど)へまいる御存じの閻魔でござります。

お松

見れば立派なお姫様、何でこんな所においでなさるのだえ。

子供

おこり病(や)みか中風(ちゅうき)病みか、べらぼうにおびえていなさらあ。

千寿

わらわは罪の深い者、どうぞ助けてたもいの。

胴六

悪漢にでも出逢ったのなら、助けて上げまいものでもないが、おびえていては訳が分からぬ。

お松

どういう訳か知らないが、訳をお話しなさいましよ。

千寿

さあ、話せば長いことながら、死なねばならぬ事あって神輿ヶ嶽より身を投げて、命を捨てし者じゃわいの。

お松

ええそれじゃあ、お前は死んだのかえ。

千寿

あいなあ。

お松

これ虎やこっちへ来な、あのお姫様は亡者だとよ。

子供

そいつあ気味がわりいな。

胴六

これこれ何も怖いことはねえ。てっきりおらあそうだと思うが、どうだ。

お松

ほんにそれに違いない、死んだと思っている故にお前や虎の装(なり)を見て、地獄へ落ちたと思っているのだね。

子供

こいつあ種になりそうだ、一番おどして見ようじゃねえか。

胴六

おもしろいおもしろい。やい、姫の罪人それへ出ろ。

千寿

はい。

胴六

ここをいったい何処だと思う、奈落の底の地獄にて、かく言う我は閻魔なるぞ。

千寿

はい。

子供

嘘を吐くと舌を抜く、おいらは地獄の赤鬼だぞ。

千寿

はい。そうしてあなたは、

お松

私は閻魔の女房さ。

胴六

ああこれ、手前は三途川(しょうずか)の婆さんだ。

お松

新宿に出見世(でみせ)のある、三途川の婆ぁじゃわいの。

千寿

どうぞそなた閻魔様へ執りなしをしてたもいの。

お松

あいあい私が助けて上げやしょう。ほんにお前はいい日に来た、今日は地獄の月並休み、それで小鬼を供に連れて針の山へ花見に行ったのさ。

胴六

何にしろ、死んで来たら地獄の勝手を知らにゃあならねえ。小僧に話させるから、まあ聞きなせえ。

千寿

早う話してたもいのう。

子供

そんなら、私が話すのかえ。

お松

何も後生だ。

二人(胴六・お松)

やったりやったり。

浄瑠璃

そもそも仏の説きたまいし阿鼻焦熱(あびしょうねつ)はぐっと野暮、今は地獄も金次第、無常を恋に入相の撞木町(しゅもくまち)の太夫には、経帷子(かたびら)の墨染めさえ、血の池から出る仲居達、腰から下は赤前垂れ、これをば火車ということは、この廓よりの慣わしなり、

言うを押さえて閻魔王、

閻魔さんどっちへ行かしゃんす、三途川の婆さんに追い出され、地蔵さん頼んで詫び事に私連れて行かしゃんせんかいな。まだまだ行ったらお婆が悋気(りんき)する、赤鬼青鬼これからりんと秤にかけて見る目嗅ぐ鼻、いちばんしめて笑って帰るが極楽じゃ。

娘はそれとおしへだて、お前の留守に洗濯や羽織の袖のふくろびから、言葉を結ぶ名古屋帯、などなど阿古屋の三弦に鬼一口の端唄にも、

露は尾花と寝たという、尾花は露と寝ぬという、あれ寝たという寝ぬという、

口説(くぜつ)の床の壁一重、瞬じゃ猪口(ちょこ)の境論(さかいろん)。

佐渡と越後はイヨ国向かい、新潟だっぽん小路の念仏後家が、坊さんくどくに和讃が交じる、下じゃ題目長屋じゃ喧嘩、それ取り押さえろと駆け出すお婆、連れ子に三太が道行、色の世界じゃないかいな。

ほんにお前が地獄へ行けば、閻魔はよだれを流し眼に、見る目嗅ぐ鼻ぴこつかせ、悟道の地蔵さんまだまだまだ、どっこい鬼殺し。

鬼と名の付くものにては、神に名高き鬼子母神千人力の鬼夜叉丸、雪駄でぶったが鬼ヶ嶽、居酒に鬼熊鬼薬、看板飛脚の鬼の面、鬼一が三味線とてつるてん、屋根に鬼板天水桶に鬼ぼうふらがぴょこぴょこぴょこ、角出す悋気の妻の鬼、出て行け行きます争いは、ほんに心の鬼かいな、

わけもなや。

お松

これさ、いい加減にしなさらねえか、化かす化かすと思っていると、いつかこっちが眉毛をよまれ化かされているも知れないよ。

胴六

なに化かされているとは、

お松

ここらあたりにお姫様が何でうろついているものだな、てっきり狐に違いない。

子供

ほんにそう言やあ、二股の尻尾がだらりと下がっているよ。

胴六

それじゃあ、いよいよ化かされたか。

浄瑠璃

ぞっと身の毛も忽(たちま)ちに、帰り支度に取り縋(すが)り、

千寿

ああこれ、極楽へ一緒に連れて行てたもいの。

胴六

どうしてどうして、お前と一緒に行ったら、どんな目に逢うも知れねえ。

お松

座付きがお茶にお萩の御馳走

子供

蚯蚓(みみず)の蕎麦はまっぴらだ。

千寿

あれ、そのようなこと言わずと、

胴六

ええ放しなせえというに。

浄瑠璃

眉毛に唾もそこそこに、三筋かかえて一筋の道を急ぎて逃げ行きぬ。

かぎり花に嵐のちりふりも、一人はおしき燕子花(かおよばな)、

染めぬ色香の紫もさめて悔しき夢の世や、浮気の義理のしがらみに留め兼ねたる花小舟(はなおぶね)、流れ慕うて来りける。

十三

幸いこの谷川、むむそうじゃ。

千寿

あもし、ちと物が尋ねたいわいな。

十三

はて心得ぬ、かかる夜更けに女子の声、して又私に尋ねたいとは、

千寿

ここは冥土の何というところか、教えてたもいの。

十三

なに、冥土とは何のこと、ここは鎌倉大仏越え神輿ヶ嶽の下道にて、稲瀬川の川端じゃわいの。

千寿

ええ、そんならやっぱり鎌倉とか、ええ女子の操に身を捨てて、死んだとばかり思いしが、稲瀬川とあるからは、蘇生りしか、情けない。

十三

むむ、さては御身も世の義理に、死ぬるお方であったるか、はて似たことも、

千寿

はて似たこととは、もしやお前も、

十三

死ぬる覚悟を極めし者、

千寿

それは幸い、よい道連れ、

十三

してまああなたは、どういう訳で、

千寿

さあ、死なねばならぬその訳は、

浄瑠璃

今更何と岩橋の許嫁せし小太郎様、契り待つ間も葛城の神ならぬ身は一筋に、折る祇園のお守に結べど縁の我が夫(つま)と、楽しむ甲斐も情けなや、比翼の蝶の印さえ、よそにもがれし片つばさ、死なせてたべとすがりつく袖も露けき風情なり。

十三

さてはあなたは小太郎様と、お許嫁遊ばせし小山の姫君、千寿様でござりましたか。

千寿

ええ、我が名を知ったそなたは何者、

十三

何をか隠さん、元私は信田の家来赤星十三と申す者。

千寿

すりゃ小太郎様の御家来とな、

十三

如何にも左様にござりまする。

千寿

してまあ汝は何故に、

十三

さあ、この十三が死ぬ訳は、

浄瑠璃

問われて何と許嫁も、あの山梔(くちなし)の花ならで、お主(しゅう)のためとは言いながら黄金色なる山吹の枝に届かぬ思いから、世を卯の花の白浪と名を立てられし申し訳。

十三

死ぬる今際(いまわ)にお主の御息女の、御目にかかるも一つの不思議。

千寿

これも結ばる縁でがな、死ぬる覚悟とあるからは、一緒に死んたもいの。

十三

とは言え若い身の上に、一つに死なば心中と浮世の人の口の端に、

千寿

かかりゃつながる主従二人、

十三

とは言えつぼみの姫君様、

千寿

散り果つる身の果敢(はか)なさは、

十三

思えば夢の、

両人

浮世じゃなあ。

千寿

南無阿弥陀仏、

浄瑠璃

互いに若木の桃桜、連理にあらぬ姫桃は、夜半(よわ)の嵐に散りにけり。

十三

かく御先途を見し上は、いわば繋がるお主の姫君、このままおかば往き来の人目、この亡骸はこれなる流れへ。南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏。繰り言ながら尽未来、あの世も変わらぬお主様、死出のお供を、おおそうじゃ、

忠信

ああこれ待った、待たっしゃい。

十三

いえいえ死なねばならぬ者、どうぞ放して下さりませ。

忠信

いいや放さぬ、待たっしゃい。

十三

それじゃというて。

忠信

はて、待てと言わばまあまあ待たっしゃい。この結構な世を捨てて、死のうと覚悟さっしゃるには、切ない事情もござりましょうが、若い者は相身互い、知らぬさきは仕方もないが眼にかかったら殺しませぬ。どういう訳か一通り私に聞かして下さりませ。死なずと事が済むならば、及ばずながら力になりお世話をして進ぜましょう、心を落ち着けこれ若いの、事情を聞かして下さりませ。

十三

何処(いずく)のお方か存じませぬが、御親切なるお言葉に、包み隠さず身の上をお話し申さん、一通りお聞きなされて下さりませ。元私は信田の家来、お主はざん者のそのためにお命捨てられ、お家は断絶、ただお痛わしきは後室様、それを気病みに御大病、値えの高い食薬故心ならずも百両の金がほしさに初瀬寺で、道ならぬ盗みをなし、この身ばかりかお主にまで御恥辱与えし罪科に、一人の伯父には縁を切られ、生きていられず言い訳に死のうと覚悟極めし者、推量なされて下さりませ。

忠信

むう、そんなら信田家の御家来とか、私も以前は縁ある御家、してまたお前の名は何と、

十三

赤星主膳が伜にて、十三郎と申す者。

忠信

え、赤星様の御子息とか、知らぬこととてまずまずまず。そう聞く上はなおのこと、お命お助けにゃなりませぬ。

十三

合点の行かぬその言葉、我を敬う其方は、

忠信

私ことはその以前大旦那様へ御奉公なし、お納戸金を二百両持ち逃げなしたる若党の、伝蔵が伜でござりまする。

十三

すりゃ、噂に聞き及びし、そなたは若党伝蔵の伜であったか。

忠信

若旦那様でござりましたか。

十三

思いがけない対面も、

忠信

あなたのお命留めよと、

十三

この世を去りし親達の

忠信

導きなるか。

両人

これはしたり。

十三

そちに逢ったは我が仕合わせ、死ぬるこの身の言い訳を、伯父者人まで伝えてくりゃれ。

忠信

ええつまらぬことをおっしゃりませ、現在故主(こしゅう)の若旦那を、どう見殺しになりますものか。

十三

でも大まいの百両なければ、死なねばならぬ。

忠信

金ずくならばお案じあるな、百や二百はおろかな事、仮令(たとえ)千が二千でも、私があなたへ差し上げましょう。

十三

え、その方が、

忠信

不奉公せし親父の言い訳、まずさしあたりその百両、さあ、お受け取り下さりませ。

十三

にんじん代のこの百両、我が手に入りしもそちが働き、ええ忝(かたじけな)い。

忠信

まだお入り用ならいかほどでも、私がお貢ぎ申しますから、死ぬのは止めて下さりませ。

十三

おお、死のうとせしも元は金、手にさえ入れば死ぬには及ばぬ。とはいえ小山の姫君が自殺なしたる上からは、冥土のお供いたそうと、約せし言葉が反故となる。

忠信

たとえ約束なされたとて、おぶった子より抱いた子のお主の命をとりとめるにんじんだいのその百両、お持ちなされて薬を求め、忠義をたてたその上で死ぬのはいつでも死なれます、悪い心をお出しなさるな。

十三

いかにもそちの言う通り、一先ず命ながらえてお主の病気平癒なす、薬の代のこの百両、少しも早く持参なさん。なれども心得ぬはそちの身元、多くの金を所持なす仔細は、

忠信

持っているのは生業から、昼は百の銭がなくても、夜に入れば百や二百は直に金が手に入りまする。

十三

してまあそなたの生業は、

忠信

さあ、私が生業でござりますか、

十三

その生業は、

忠信

ちと申し難うござりまするが、盗人でござります。

十三

ええ、

忠信

そのおどろきは御尤も、お聞き下され若旦那、親父が気性を受けついで、生まれだちから手癖が悪く、何処へ年季にやられても半年経たず追い出され、十の年から十四まで二三十軒歩きまして、流石の親父も持てあまし、とうとう終いは勘当され、それから先は流れ次第、東海道をごろついて今では世界に名の高い日本駄右衛門が子分になり、多くの中でも五本の指に折らるるほどになりまして、忠信利平と申します。

十三

むむすりゃ、かねがね噂に聞く日本駄右衛門が仲間とか。そう聞く上は、この金も。

忠信

さあ、その百両は今日初瀬で、小山の家中典蔵から蹴りとったる回向料、

十三

え、すりゃこの金は回向料とな、さすれば私が初瀬寺から盗み損ぜし金であったか。

忠信

へええ、それじゃあなたも内職に、盗賊(どろつく)をなさいますか。

十三

お主のため薬の代の出来心に、盗み取りしも見咎められ、望みもかなわぬそれ故に死のうとしたをとどめられ、めぐりめぐりてその金が、我が手に入るも不思議の一つ。

忠信

不思議どころかこうもまた、順よく金がまわるものか、何のことはねえ芝居のようだ。

十三

いやなに利平、そなたに私が折入って頼みがあるが、聞いてくれるか。

忠信

そりゃ身にかなったことならば、

十三

たとえどのような頼みでも、

忠信

聞かいで何といたしましょう。

十三

そちへの頼みはほかでもない、今日から私を盗人の仲間へどうぞ入れてくりゃれ。

忠信

え、そりゃ又何故、

十三

一旦この身も初瀬寺で、盗人の名を取ったれば、これから真実の賊となり、貧苦に迫るお主の難儀、救いたいのがこの身の願い。

忠信

ではござりましょうが、あなたをどうも。

十三

何の遠慮に及ぼうぞ、盗みし金を遣う上は、たとえ仲間へ入らずとも、科はのがれぬこの十三、お主のためには切取り強盗、こりゃ武士のならいじゃわ。

忠信

そうお心がすわったら、所詮留めても留らっしゃるまい。いかにもお世話いたしましょう。

十三

そんならこれからそなたと共に、

忠信

日本駄右衛門が手下となり、

十三

その名も直に赤星十三。

忠信

左様ならば若旦那、

十三

あこれ、今日からしては同じ仲間。

忠信

そんなら赤星、

十三

忠信、

忠信

ゆるりと話を、

両人

いたしましょう。

十三

や、こりゃこれ香合。

弁天

小判の包み。

両人

ままよ。

参考文献

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