役名
- 日本駄右衛門 (にっぽんだえもん)
- 浜松屋幸兵衛 (はままつやこうべえ)
- 南郷力丸 (なんごうりきまる)
- 早瀬の息女お浪実は弁天小僧菊之助 (はやせのそくじょおなみじつはべんてんこぞうきくのすけ)
- 幸兵衛倅宗之助 (こうべえせがれそうのすけ)
- 番頭与九郎 (ばんとうよくろう)
- 佐兵衛 (さへえ)
- 太助 (たすけ)
- 手下、丁稚等
二幕目 : 雪ノ下浜松屋の場
おわい、おわい、おわい、おわい。
判取(はんとり)、
はいー。
三分(ぶ)二朱(しゅ)で二匁(もんめ)五分(ぶ)のおつりでございます。
あいあい、大きにお世話でござりました。
もし急ぎます、早くして下さりませ。
はい、唯今ご覧に入れます。小僧よ。
はいー。
もし太助さん、わっちが羽織(はおり)はまだ出来ませんか。
もう仕立(したて)へ廻しておいたから、明日までにはきっとできよう。
そいつあ有難え、明後日与助さんの出番で芝居から廓(ちょう)へ行くから、ちっとめかして行かにゃあならねえ。
めかして行くはいいけれど、三日も四日も流連(いつづけ)をして、頭(かしら)をしくじらねえようにするがいい。
なに、この春で懲(こ)りごりしやした。
はい、御免なせえ。
これはいらっしゃりませ。
ときに、番州どうしてくれるのだ、この間誂(あつら)えた五枚の小袖、まだ染が出来ねえのかえ。
いえもう染は上がりましたが、お仕立がまだできませぬ。
まだ出来ませぬじゃあ済むめえじゃあねえか、今日で幾日来ると思う。
ついお天気工合が悪いのに、友禅(ゆうぜん)入りの模様ゆえ急に染が上がりませぬので、大きに遅なはりましてござります。太助どん、夕方までにはできるつもりだの。
さようでござりまする、さきほど仕立屋がまいりまして、五つ過ぎには持ってまいると言いました。
お聞きなさる通りでござりますゆえ、どうぞ夕方までお待ちなされて下さりませ。
そりゃあ待てなら持ちもしょうが、こんなに長くならねえよう、前金に払っておいたのだ。
御尤(ごもっと)もでござりますが、どうぞ夕方までお待ち下さりませ。
どちら様でござりますか、こちらから持たして上げましょう。
なに、持って来るにゃあ及ばねえ。
そんなら二階で、夕方まで一口召し上がってお待ち下さりませ。
ありがとうござりやすが、白雲(しらくも)頭(あたま)の小僧の酌(しゃく)で、鉄(かな)ッくせえ銚子の酒は真平だ。
ええ真平もよく出来た、このあいだ来た時に、ぐでんぐでんに酔ったくせに、
ええやかましい、静かにしねえか。
それじゃあ番州(ばんしゅう)晩に来るよ。
さようなされて下さりませ。
どれ、芋酒(いもざか)屋で一ぱいやって行こうか。
もし佐兵衛さん、今の若え者は何だね。
なんだか知らぬが、祭りに着るとて派手な着物を誂えました。
今時分の祭りでは、どこの祭りであろう。
大方(おおかた)初瀬(はせ)の三社様だろう。
こしらえから言方(いいかた)は遊び人に違えねえが、なんだかきょろきょろ見廻して眼付(めつき)の悪い野郎だ。どれ、奥へ行って、鉄ッくせえのでもやって来ようか。
こりゃ作平、浜松屋と申すは向うの店(みせ)じゃの。
さようにござります、近年の仕出しにござりますが、ことのほか繁昌いたしまする。
いかさま、さよう相(あい)見ゆる。
御進物(ごしんもつ)の品々は、あれにてお求め遊ばしますか。
されば、なにか珍しき品もあろうかと存じて。
さようなら、御案内いたしましょう、頼もう。
はあ、これはこれは、まずまずこれへお通り遊ばしませ。
許しゃれ。
こりゃ、茶番よ茶番よ。
はいー。
今日はよう快晴(かいせい)いたしましてござりまする。
さればうららかなことでござるのう。
これ、でこ平、これが酒だといいな。
そんなことを言って下さるな、咽がぐびぐびするわ。
いまに旦那様がお買物をなさると、供方(ともかた)へも酒が出るわ。
そいつはありがたい。
御註文の品は、何品でござりますな。
北条家への進物(しんもつ)じゃが、繻珍(しゅちん)、緞子(どんす)の類(たぐい)、織物(おりもの)を見せてくりゃれ。
かしこまりましてござりまする。これ佐兵衛どん、御苦労ながら繻珍、錦(にしき)、緞子の類を、奥蔵(おくぐら)行って持って来い。
かしこまりました。太助どん頼みます。
いや、ことのほか繁昌なことじゃな。
いえも有難いことに、諸方(しょほう)様のお引立てを蒙(こうむ)りまして、人の途断れがござりませぬ。
これはこれは、よういらせられてござります。
おお、してその方は、
この家の主人(あるじ)幸兵衛めにござりまする。
さようであったか。
毎度御贔屓(ごひいき)とござりまして、御用向きを仰せ聞けられ、ありがたい仕合わせにござりまする。新店(しんみせ)の儀にござりますれば、何分お引立てをお願い申しまする。
手前屋敷などでも評判ゆえ、これまでの出入りもあれど、北条家への進物に珍しき品もあろうかとその方店へまいったのじゃわ。
それはありがたい仕合わせにござりまする。
御註文の品を御覧に入れましょう。
生憎(あいにく)お屋敷方へ今朝ほど出まして、
いやいやその品は常の織物、めずらしい品と仰せられますれば、御意に入る品があるまい。幸い京都から唯今着きましたる品がござりますれば取り出しご覧に入れましょう。
さだめし高価な品であろうが、値(あたえ)は何程でも苦しゅうない、めずらしいのが所望なるぞ。
かしこまりましてござりまする。こりゃこりゃ太助、きのう着いた新荷(しんに)を解き、錦類(にしきるい)を持って来やれ。
かしこまりました。
しかし、少々手間どりますれば、ここは端近(はしぢか)、奥の間で暫くお待ち下さりませ、お茶を一服差上げとうござりまする。
いや、その心配には及ばぬこと、やはりこれにて苦しゅうない。
ではござりましょうが、込み合いますれば、ひらにどうか奥の間へ。
いかさま、込み合う中におるも邪魔、しからば其方が言葉に任せ、奥で相持ち申すであろう。
さようなされて下さりませ。
こりゃこりゃ、その方ども、店の邪魔にならぬよう片寄って待っていやれ。
へいへい、かしこまりました。
いや、お前様方は勝手へ行って一口上がって下さりませ。
そりゃあ有難うござりまする。
しからば御亭主。
こうおいでなされませ。
ときに、私の書附(かきつけ)はまだでござりまするか。
はっ、ただいま差し上げます、判取(はんとり)イ。
はいー。
これはお待ち遠様でござりました。
いや、呉服屋は長いので困る。
よういらっしゃりました。何だ呉服屋は困るもよくできた、半襟一掛(はんえりひとかけ)に絞り木綿が二尺五寸、僅か五匁か六匁で茶を五六ぱいに煙草をば、何服のんだか知れはしねえ、そっちよりこっちで困るわ。
ちっと目覚しに、美しい卜一の代物でも来ればよい。
これ四十八(よそはち)、浜松屋というのはどこじゃぞいの。
つい向うに見えます呉服屋でござります。
婚礼の仕度じゃということは、かならず言うてたもんなや。
申してもよいではござりませぬか。
それでも私ゃ恥かしいわいな。
言うて悪くば申しますまい。さあお嬢様、おはいりなされませ。
そなた先へはいりゃいの。
さようならば御免なされませ。
これはいらっしゃいまし。
ささ、これへこれへ。
いえ、私方(わたくしかた)へいらっしゃいまし。
これは卜一(いち)なお嬢様、これへいらっしゃいまし、いらっしゃいまし。
いえいえこちらへ。
いやこちらへ。
あこれ、静かにして下され、気逆(きのぼ)せがするわえ。
はっはっ、二人とも静かにせぬか。てもさても美しい、いや美しい模様物が沢山仕入れてござりますれば、まずまずこれへ。
お通りなされませ。
さあお嬢さま、お上がりなされませ。
上がっても大事ないかや。
よろしゅうござりますとも。これ、履物を頼むぞ。
かしこまりました。
さて、今日(こんにち)はよいお天気でござります。こりゃ茶番よ茶番よ。
ははあ、
とうとう自分の方へ引っ込んでしまった。
して、なにを御覧に入れましょうな。
京染(きょうぞめ)のお振袖(ふりそで)に毛織錦(けおりにしき)の帯地(おびじ)の類(るい)、またお襦袢(じゅばん)になる緋縮緬緋鹿子(ひじりめんひがのこ)などを見せて下さい。
かしこまりましてござります。こりゃ三保松(みほまつ)よ、京染の模様物、毛織錦の巻物に緋縮緬、緋鹿子を持って来い。
はいー。
ただいま御覧に入れまする。だいぶ芝居が入りますそうにございますが、お嬢さまには御見物遊ばしましたでございましょうな。
はい、このあいだ木挽町(歌舞伎座)へまいりましたわいな。
へい、さようでござりまするか。さだめてお嬢さまの御贔屓は、当時若手の売出し羽左衛門でござりましょうな。
いえいえ私は羽左衛門は大嫌いじゃわいなあ。
それでは、権十郎か粂三郎でござりますか。
いいえ。
では、芝翫でござりまするか。
あい。
いや芝翫を御贔屓なら御油断なされますな。当時の人気者でござりますから、あっちからもこっちからもひっぱりだこでござります。
そりゃあ番頭大嘘だ、あんな真面目な男はない、まず第一酒が嫌い、女が嫌い、勝負事が嫌い、とりわけせりふをおぼえるのが嫌いだ。
ええ、そのような憎まれ口をきいて。
これはよほど御贔屓と見えまする。
こなたは芝居は好きそうだが、誰が役者は贔屓だな。
へい、私の贔屓は片岡十蔵でござりまする。
おやまあいやな。
そう言えば番頭どのは十蔵に生き写しだ。
誰彼と申しても、当時三丁町の役者で十蔵が一でござります。
はああ、そんなに芸が上手かな。
いえ、芸ではござりませぬ、背丈(せい)の高いのでござりまする。
なるほど、こりゃあ三丁一だ。ははははは。
おおきにお待たせ申しました。これ小僧よ、灯りを持って来ぬか。
はいー。
これ四十八(よそはち)、鹿子(かのこ)はどちらがよかろうぞいの。
どちらでも、あなた様の御意に入ったのになされませ。
そんなら麻の葉の方にしようわいの。
模様物は御婚礼ゆえ、めでたいものがよろしゅうござりまする。
へええ、御婚礼のお仕度でござりますか。
あこれ、言やるなというたのに。
へい、うっかりと申しました。
これ与九郎どの、涎(よだれ)がたれるわ。
なんで涎が、
見なせえ、緋鹿子(ひがのこ)はしみだらけだ。
もし、万引をした奴はどれでござりまする。
あこれ、静かにしなせえ。
模様物はこの二つと、帯地は毛織錦(けおりにしき)と、以上三本緋鹿子に緋縮緬、しめて値段は何程なるか、勘定をしておいてくりやれ。八幡様へ参詣なし、帰りに寄って持ってまいる。
かしこまりましてござりまする。
さあお嬢さま、暮れぬうちにおまいり申しましょう。
あい、そうしましょうわいの。
これはおおきにお世話であった。
もし、ちょっとお待ちくださりませ。
なんぞ用か。
御冗談をなされますな。
なに、冗談とは、
お隠しなされた緋鹿子(ひがのこ)を、置いておいでなされませ。
え。
いや、文金島田のお嬢さんが、万引をしようとは気がつかねえ。
頭(かしら)、油断のならねえ世界だね。
なに、お嬢さまが万引をした、当て事のない粗相を申し、あとで後悔いたしおるな。
年中商売をいたしておりますれば、ちらりと見たらまちがいはござりませぬ。
たって知らぬと言いなさりやあ、裸にして詮議をする。
そうされたらはものがない、痛い目せぬうち出さっしゃい。
もう逃げようとて逃がしゃあしねえ、まあ下にいねえ。ええ下にいやあがれ。
これ四十八(よそはち)、こりゃどうしたらよかろうわいの。
いや、なにもお案じなさることはござりませぬ。お嬢さまを万引なぞと悪名つけし憎い奴等、明りが立たねば帰られませぬ。さあ落ち着いておいでなさりませ。
なに、明りを立てねは帰られぬ。よくもそんなことが言われたことだ。
して万引をいたせしとは、
四の五のいうは面倒だ。これ、この布(きれ)はどこから持って来たのだ。
以後の見せしめ二人とも、袋だたきにしてやろう。
いや、しめるとは面白い、
おいらたちも弥次馬だ。
かまうことはねえ、
しめろしめろ。
これはしたり、どうしたものだ。店頭(みせさき)で立ち騒ぎ、静かにしたがよいわいの。
いえ若旦那おかまいなさるな、こいつらは万引でござりまする。
なに、この衆は万引とか、して何を盗まれたのじゃ。
緋鹿子の布を盗みました。
それでわっちが叩きしめたのさ。
やあ、身に覚えなき万引呼ばわり、盗んだというはこの布(きれ)か。
知れたことさ。
そりゃあ山形屋で買った布、符牒(ふちょう)があるからとっくり見やれ。
おお見なくってどうするものだ。やあ丸の内に山の字は、こりゃ山形屋の符牒の印し、
そりゃア万引と思ったのは、
よその代物であったのか。
やあ。
番頭、この売上げを見やれ。
へいへい。
山形屋で買った証拠の売上げ、これでも万引と言いかけするか。
さあ、それは、
よもや万引とは言われまい。
わたしはこの家の倅(せがれ)、唯今お得意より帰りがけ、承りますれば若い者が心得違いで、あなた様へ粗相なことを申しましたそうでござりますが、幾重にもお詫びをいたしまする、どうか御了簡なし下さりまするよう、
一同お願い申しまする。
なに、一同お願い申します。どの口でそんなことを言わしゃる、万引でもないものによく盗人(ぬすびと)の悪名(あくみょう)つけたな。
いえもう仰せは一々御尤もで、そこをどうぞお情に、御了簡下さりますよう。
黙れ黙れ黙れ、黙りあがれ。
へい。
これ、なにを隠そう、お嬢さまは二階堂信濃守(しなののかみ)のお目附をお勤めなさる、早瀬主水(もんど)様の御息女、今度秋田の御家中へ御縁を組まれし花嫁御(はなよめご)、万引という悪名つけて、ただあやまって済もうと思うか。
恐れ入りましてござりまする。
手前(てめえ)達では訳がわからぬ、亭主に逢おう、亭主を出しゃれ。
唯今それへ参りますでござりまする。
むむ、すりゃその方がこの家の亭主か。
さようでござります。委細(いさい)の様子は逐一に承りましてござりまする。なんともかとも申し上げようなき手代どもの不調法、お詫びの趣意は立てましょうほどに、どうか御了簡なされて下さりませ。
ほかならぬ主人(あるじ)の頼み、余のことならば了簡いたしくりょうが、この儀ばかりは。
すりや如何様(いかよう)にお詫びをば申し上げても、御了簡は。
ならぬというは、これ御亭主、この疵(きず)を見て下さりませ。
や、こりゃお嬢さまの額に疵が、
ややややや。
いまも拙者が申す如く、御縁きまりし大切(だいじ)の御身(おみ)、疵がついてはこのままに屋敷へお供はいたされぬ。気の毒ながら片ッぱし、首をならべて言い訳に、身共もこの場で切腹いたす。
あ、これ四十八、そのように事荒立てずと、内々にどうか仕様はないかいの。
そりゃないこともござりますまいが、いま内々にいたしまして、後日に知れて御覧じませ、旦那様へ拙者めが申訳がござりませぬ。
もし、はばかりながら、ちょっとこれへお顔を貸して下さりませ。
むむ、顔を貸せとは何用だ。
ほかのことでもござりませぬが、あの背高(せいたか)の番頭が見違いをしたばっかり、わっちらまで共々にとんだ間違いをこしらえやしたが、今お前さんの言う通り、片ッぱしから切ったところが切り栄えもしねえ南瓜唐茄子(かぼちゃとうなす)、お嬢さんのお言葉もあれば、道でお転びなすったとか、何とかかとかごまかして言訳をして下さりませ、お礼はしっかりいたさせます。もし、一ぺいやる気になっておくんなせえ。
お嬢さま、どういたしましょうな。
もうよい加減にしてやりゃいの。
さようならばこのままに、了簡いたしてやりましょう。
そりゃあ有難うござります。もし、十両だして下さりませ。
おお、ちょうど幸い、お屋敷から受け取って来たこのお払金、
それじゃ少しばかりだが、帰りに一ぺいやっておくんなせえ。
なんだ、了簡すりゃあしっかりすると言った、礼が十両か。
十両じゃあ不足かえ。
いま内分に済ましたことが、後日に旦那へ知れたひには、命にかかわる仕事だぞ。
それだから十両やるのだ、それで厭(いや)なら止しにしろえ。
おお、止しにしねえでどうするものだ。十や二十の端金で売るような命じゃあねえ。百両ならば知らねえこと、一朱欠けても売りゃあしねえ。
売らざあ買うめえ、止しにしよう。さあ、片ッぱしから切る先に、まアわれから切ってくれ。
おお、切らねえでどうするものだ。
さあ、きりきりと切らねえか。
これさこれさ、こなたが腹を立ってはいけぬ。
まあまあ静かにしたがよい。
なんの、あんな奴の一人や二人、たたき殺してもだいじねえ。
これさ、お前が喧嘩を買ってはいけねえ。
まあまあ裏へ一緒に来なせえ。
いやだいやだ、うっちゃっておいてくんなせえ。
はて、喧嘩をしてはいけない。
まあ、来なせえというに。
恥辱に恥辱を重ねし上は、血を見ぬうちは帰られぬ。片ッぱしから覚悟なせ。
ああいや、おまち下され.最前より見受けますれば、この扱いにて不足の御様子、金で買えざる人の命、どうかお心癒るように、これにて御了簡くださりませ。
むむ、了簡しにくいところなれど、切れ放れよき主人が挨拶、百両ならば了簡いたそう。
すりや、お聞き済みくださるとか。
いかにも。
これで一同、
安堵しました。
思わぬことでしばしの暇いり、
それも事なく済む上は、
すこしも早く、
さようなれば、
お二人さま。
世話であった。
お侍、ちょっと待って下され。
むむ、見れば立派なお侍、待てとは何ぞ用でもござるか。
いかにも。
して、その用は。
まま、お下(しも)にござれ。
むむ。
さて最前よりの一部始終、一間で残らず承ったが、よくぞ御了簡いたされた、人は勘弁が第一でござる。
さあ、了簡し難きところなれど、なにを申すも女儀(にょぎ)の同伴(つれ)ゆえ、
それが却ってこの家(や)の仕合わせ、はからず身共も参り合わせ、お目にかかるも不思議の御縁、二階堂の御藩中でござると承ったが、さようかな。
いかにも二階堂信濃守(しなののかみ)が家来、早瀬主水(もんど)が息女でござる。
しかとさようでござるかな。
はて、くどいことを。
あの、ここな偽りものめが。
なんと。
かくいう我は二階堂信濃守が用人役(ようにんやく)、玉島逸当(たましまいっとう)と申す者。
え。
早瀬主水と名乗る者、わが屋敷に覚えない。
むむ。
ことには縁組(えんぐみ)定まりし娘というも、まさしく男。
や、なんで私を男とは、
女というても憎からぬ姿なれども、某(それがし)が、男と知ったは二の腕にちらりと見たる桜の彫物、なんと男であろうがな。
さあ、それは。
ただし女と言い張れば、この場で乳房を改めようか。
さあ、
男と名乗るか。
さあ、
さあ、
さあさあさあ。
騙(かた)りめ、返事はなな何と。
こう兄貴、もう化けてもいかねえ、おらあ尻尾を出してしまうよ。
ええ、この野郎は、しっこしのねえ。もうちっと我慢すりゃあいいに。
べらぼうめ、男と見られた上からア、窮屈な目をするだけ無駄だ。もしお侍さん、御推量の通り私(わっち)あ男さ、どなたもまっぴら御免なせえ。番頭、煙草盆を貸してくれ。
さては女と思ったは、騙りであったか。
やあやあやあ。
知れたことよ、金がほしさに騙りに来たのだ。秋田の部屋ですっかり取られ、塩噌(えんそ)の銭にも困ったとこから百両(いっぽん)ばかり稼ごうと、損料物(そんりょうもの)の振袖で、役者気取りの女形(おんながた)、巧(うま)くはまった狂言もこう見出されちゃあ訳はねえ、ほんに、唯今のお笑い草だ。
どう見てもお嬢さんと思いのほかの大騙り、さてさて太い、
奴だなあ。
どうで騙りに来るからにゃあ、首は細いが胆は太え。
なんだ、太いの細いのと橋台(はしだい)で売る芋じゃアあるめえし。
違えねえ。
巧みし騙りが現われても、びくとも致さぬ大丈夫、ゆすりかたりのその 中でも、さだめて名のある者であろうな。
それじゃあ、まだ私等をお前方は知らねえのかえ。
おお、どこの馬の骨か、
知らねえわ。
知らざあ言って聞かせやしょう。浜の真砂と五右衛門が歌に残せし盗人の種は尽きねえ七里ケ浜、その白浪の夜働き、以前を言やあ江の島で年季勤めの児ケ淵(ちごがふち)、江戸の百味講(ひゃくみ)の蒔銭(まきせん)を当てに小皿の一文子、百が二百と賽銭(さいせん)のくすね銭(ぜに)せえだんだんに悪事はのぼる上の宮、岩本院で講中の枕捜しも度重なり、お手長講と札付きにとうとう島を追い出され、それから若衆の美人局、ここやかしこの寺島で小耳に聞いたとっつあんの似ぬ声色で小ゆすりかたり、名さえ由縁(ゆかり)の弁天小僧菊之助たー俺がことだ。
その相ずりの尻押(しりおし)は、富士見の間から向うに見る、大磯小磯小田原かけ、生まれが漁夫(りょうし)に波の上、沖にかかった元船へその舶玉(ふなたま)の毒賽(どくざい)をぽんと打ち込み捨碇(すていかり)、船丁半(ふなぢょうはん)の側中(かわじゅう)を引っさらって来る利得(かすり)とり、板子(いたご) 一枚その下は地獄と名に呼ぶ暗黒(くらやみ)も、明るくなって度胸がすわり、艫(ろ)を押しがりやぶったくり、舟足重き刑状(きょうじょう)に、昨日は東今日は西居所(いどこ)定めぬ南郷力丸、面ア見知って貰いやしょう。
さてはこのほど世上(せじょう)にて、五人男と噂ある日本駄右衛門が余類(よるい)よな。
ええ、その五人男の切れっぱしさ、先ず第一が日本駄右衛門、南郷力丸、忠信利平、赤星十三、弁天小僧、わっちアほんの頭数さ。
こうしらばけに打(ぶ)ちまけたら、帰しもしめえが帰りもしねえ。さあ、騙(かた)った金を返しやすよ。
さあ、これから二人ともここから突き出してくんなせえ、騙りが現(ば)れたその時は送られる気で新しく晒布(さらし)を一本切って来たのだ。
これから先は私(わっち)の働き、どいつもこいつも口一つで、抱いて行くから覚悟しろ。おい小僧、茶を一ペいくれ。
はああい。
ええこいつあべらぼうに焦げッ臭え、こんな茶が飲めるものか。
あッつつつつ
さあ、こう極まったら早いがいい、夜(よ)の更けねえうちきりきりと縄をかけて突き出しなせえ。どうで行きゃあ二人とも二度と再びこの娑婆(しゃば)へ出るか出られねえか知れねえ身体、しかし御親切な逸当様、首になってもお礼にゃあきっとお屋敷へ行きやすよ。
ええ、こけ未練なことを言うな、命がおしいようで見っともねえ。
なるほど心のすわったものだ、企(たく)んだ騙りが露(あら)われて、すごすご帰りもすることか、突き出せなぞとふて勝手(がって)、この家に難儀がかからずば生けおく奴ではなけれども、
それじゃあお前(めえ)はここの家(うち)へ難儀がかからざあ切る気かえ、おもしれえ切られよう、いつか一度は二人とも刀の錆(さび)になる身体、素人衆の手にかかり切られりゃあ本望だ。
そうだそうだ、畳の上で死ねねえこちとら、差し担(にな)いで呉服屋の店から担いで出されりやあ、死花(しにばな)が咲くというものだ。
さあ、すっぱりとやんなせえ。
むむ、望みとあらば、
あ、もし旦那様、まあまあお待ちくださりませ、彼等をお切りなされましたら、私方はともかくも、あなたのお名の出ますこと、
さぞやお腹も立ちましょうが、何を申すも悪い相手、
それゆえ身共も控えおったが、あまりと言えば憎き奴等。
ではござりましょうが大切(だいじ)な御身、私共にお免じくださりませ。
たってとあらばともかくも、此方(このほう)もとより事を好まぬ。
すりゃ御了簡(ごりょうけん)くださりますか。
ええ有難うござりまする。
さあ、切るなら早く切らねえか。
それとも切らざあ、突き出すとも、
夜がつまった、
早くしねえか。
これこれお前方もよい加減にふて勝手を言あっしゃい。縛って出すの突き出すのとは、私がほうで言うせりふ、それを言わぬが商人(あきんど)ゆえ、ただ何事もこれぎりに無事に帰ってくださりませ。
いいや厭だ、帰(けえ)られねえ。
そりゃ、なにゆえに帰られませぬ。
二階堂の藩中で早瀬主水が娘と言ったも、化(ばけ)が露(あら)われ百両の金をそっちへ返したら、言わずと知れた五分と五分、そっちに損はあるめえが、こっちの損は万引と寄ってたかって大勢に打たれたおれが向う疵(きず)、この始末はどうしなさる。
さあ、それはこっちの過失(あやまち)ゆえ、詫びて済むならこっちから膏薬代(こうやくだい)を差し上げますが、それでどうぞお二人とも、この場を帰ってくださりませ。
おお、そりゃあ物は相談だ、趣意が附くなら帰りもしよう。
そう了簡をして下さるなら、些少(さしょう)なれどもこの金を、どうぞ取ってくださりませ。
なんだ、膏薬代は十両か、弁天小僧と南郷が呉服店で騙(かた)りそこない、五両ずつで帰ったと言われたひにゃあ恥の恥、こりゃあお返し申しやしょう。
それで足りずば、又どうなと、
ええ端金(はしたがね)はいらねえわえ。
これ菊や、長く居たなら二十と三十、ねだり出しもしょうがな、こっぱ仕事で夜が更けらあ、まあ、それを取って帰りやな。
こう手前もちっとぼんやりしたぜ、十両ばかりで帰られるものか。
取らねえにゃあましだ、取っておけ。足らざあどうかしようというから、まさかの時のいい金蔓(つる)だ。あとは旦那に預けておきな。
それじゃあこれで帰ろうか、御時節柄(ごじせつがら)とはいいながら、端金じゃあ安いものだ。
そんなら、それで聞き分けて、
無事に帰ってくださるか。
むむ、今日はこのまま帰ります、その替わりに又これを御縁に、
これから度々参りやす。
それは真平(まっぴら)、
おいでに及ばぬ。
もし、お侍さん、おおきに失礼を申しました。
このお礼はいつか一度、
むむ、言い分あらば何時(なんどき)でも、
きっとしにゃアおきやせぬよ。
おととい来い。
ええ、やかましいやい。
あいたたたたた。
ええ、性懲りもなく、
控えていぬか。
なにしろこいつが、邪魔だな。
いっしょにして坊主持(ぼうずもち)にしよう。
それがいい、それがいい。そりゃ按摩だ、そっちへ渡すぞ。
べらぼうに早いじゃあねえか。やあ、後へ帰ったから、そっちへ返すぞ。
忌(いめ)えましい按摩だな、あんまにむごいどうよくな、
あんま針。
や、あんまか。
新内で川流れだ。
ええいめえましい。
あ、悪漢(わるもの)どもとは言いながら、身を投げ出してのゆすり騙(かた)り、さてさて憎い奴ではある。
いやも、あなた様がおいでなされませぬと、彼等に百両うまうまと騙られますところ、
はからず難儀を脱(のが)れましたは、ひとえに旦那様のお蔭ゆえ、
数なりませぬ私どもまで、
お礼は言葉に尽くされませぬ。
ええありがとう、
ござりまする。
さしてもないことを、そのように厚う礼を言われては、かえって身共(みども)迷惑いたす。
いやも、これと申すも番頭与九郎、皆その方が粗相からかかる事も起こるというもの。いつぞは言おうと思うたが、よい折故(おりゆえ)にこれまでの不奉公(ぶほうこう)の段々を申し聞かして、今日からは店の支配は退役(たいやく)さすぞ。
そりゃ叉あんまり情ない、何もこれまでそれほどな、
覚えがなくば言い聞かそうが、彼方(あなた)様がおいでなされば、後にとっくり言い聞かさん、覚悟いたして待っておれ。
へへい。
いかなる仔細か存ぜねど、今日のことならあの者が落度(おちど)と言うでもござるまい。
いえ、これにはいろいろ事情(わけ)あること、かようなことにお構いなく、あなた様には奥の間へ、
いや、最早(もはや)初更(しょこう)も過ぎた様子、またまた明日まいるであろう。
ではござりましょうが、丁度御時分(ごじぶん)、何はなくともお湯漬(ゆづけ)でも、
その心配はかならず無用。
さようならば差し上げますまいが、まだ最前のそのほかに、御覧に入れたき品もござれば、
是非とも一先ず、
奥の間へ、
さほどまで言わるるを、辞退いたすもかえって不遠慮(ぶえんりょ)、
なにはなくとも、
お礼に一献(いっこん)、
しからば御亭主、
旦那様、
どれ、御雑作(ごぞうさ)になるであろう。
さて、つまらぬものはおれが身の上、とんだ騙りが来たばかり、これまで明けたおれが穴を算えたって言われたら、手代敵(てだいがたき)のあたりまえ、小裁布子(こだちぬのこ)でぽんでんごく、どんなおかしい引込みでも、それではまことにつまらぬわけ、そうされぬ前たんまりと金を盗んで随徳寺(ずいとくじ)、
ええ、今のはなんだ。
猫が干物を引いたのさ。
疵持つ足でびっくりした。
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