役名
- 小野左衛門春道 (おのさえもんはるみち)
- 同一子春風 (はるかぜ)
- 家老八剣玄蕃 (かろうやつるぎげんば)
- 同一子数馬
- 家老秦民部 (はたみんぶ)
- 同弟秀太郎
- 桜町中将清房 (さくらまちちゅうじょうきよふさ)
- 小原万兵衛 (おはらまんべえ)実は石原瀬平(いしはらせへい)
- 粂寺弾正 (くめでらだんじょう)
- 小野の息女錦の前
- 侍女巻絹 (まきぎぬ)
- その他忍びの者
- 仕丁
- 侍等
小野春道館(おののはるみちやかた)の場

まあまあ、待って下さんせ。



巻絹どの、退(の)かっしゃっれ。



怪我さっしゃるな。退こうてや、退こうてや。



たとえ、怪我があろうと留めにゃならぬ。まあ待って下さんせ。こなさん方は、なんの意趣があって、切りあわしゃんすのじゃ。さあそのわけ言わしゃんせ。それ言わしゃんせ。



女中方に申しても、なんの役にも立たぬこと、死するは御主人への忠義。八剣数馬おくれたか。さあ勝負勝負。



忠臣に劣らぬ親への孝行。どうしておくれるものじゃ。さあ勝負勝負。



さあその御主人への忠義、親御への孝行、そのわけ言わしゃんせ。さもないうちは放さぬ。



さあ、その御主人への忠臣というは。



御家代々家老職の身として色に溺れ、金銀賄賂(まいない)を貪(むさぼ)らんと、人に頼まれ許嫁(いいなずけ)ある大切な姫君を、あわよくばと身から出た錆刀(さびがたな)、玄蕃が一子数馬が打つ刀に、おくれを取るな秀太郎、兄民部が控えて居る。踏み込んで勝負勝負。



ははあ、親に似ぬ子は鬼子(おにご)。身が常々仕込んでおいた手の内はここじゃ。臆病侍の弟を、ぶっ放すになんの手間暇がいるものじゃ。うじうじと埒の明かぬ。踏み込んで大袈裟にぶっ放せ。



もうし玄蕃さま、民部さま、お二人ともに、やれ危ないと留めさんしょうところを、若人たちの腰押して気を持たせるように、どういうことでござんすぞいのう。お二人ともにおとなしゅうない。委細のわけはしらねども、早う留めて下さんせ、下さんせ。



親が子に見事にぶっ放せというに、なんの如才があろう。やい伜、よくよく武士の立たぬことと見えた、留めはせぬ、見事に死ね。じゃが、黙って死ぬるは唖が頓死をしたも同然、どういう仔細で討ち果たす。手短うたった一言いうて死ね。仔細はなんとじゃ。



只今これなる秀太郎と、弓の手前の景子の話を致したところ、なんぼう修行しても、そちが親玄蕃が曲がった性根に、弓の稽古は覚束ないと笑いまする。大切な父上様の儀を、曲がったの歪んだのと笑われては、武士の一分が立ちませぬゆえ、只今の勝負でござりまする。



十目の見るところ、十指の指ざすところ、御家中こぞって玄蕃が邪曲(よこしま)という取沙汰、それゆえ曲がった心で弓の稽古はなるまいと申したれば、忠心第一の兄上を、いや阿房じゃの腰抜けじゃのと、悪口いたしまするいえ、弟の身で堪忍ならず、討ち果たそうと申すのでこざりまする。二人のお方のおいでなされたこそ幸い、双方剣使を願いまする。さあ、勝負勝負。



覚悟は極めている。邪魔になる。さあ退いた退いた。



秦の民部が弟同苗秀太郎、尋常に、



勝負勝負。



伜まて。



弟控えい。



なにゆえお留めなされるな。



そう聞いてはいかにも死なねばならぬ。いかにも望みの通り、すっぱりとしなせてやろうが、それでは死に損じゃ。子供の喧嘩はいつでも親のさばき。まあ、納みょうてや。



数馬、卑怯な。こりゃ逃げるか。さあ、勝負勝負。



狼狽(うろたえ)者、こりゃどうする。相手が鞘へ納めれば、丸腰も同然、鞘へ納めぬか。



おお、嬉しや。これでちっと落ちついた。とてものことに仲直りの盃事を取り持とう。待ってござんせ。どれ、盃を取って来ようわいなあ。



いいや、盃事どころじゃござらぬ。子供の喧嘩は親のさばきという一言が聞きどころじゃ。もう秀太郎には目はかけぬ。どう親が捌かれるぞ。さあ、その捌きとやら見物いたそう。



そっちから見物せいでも、見せずにおこうか。この玄蕃が何が曲がって、弓の手前が覚束ない。いやさ、金銀を貪り人に頼まれて、なんじゃ、主あるお姫様を、こりゃ常のこととは違うぞ。伜どもがおどり狂うは当座の戯れごと、我が一言は表。出頭の身共を嫉んで、様々の讒言(ざんげん)をする、ここな売僧侍(まいすざむらい)めが。



いや、人の一寸の身の一尺、我がひが事は棚へ上げて、忠心第一の民部を売僧侍とは。言わず語らずと、皆お身が心に覚えがある筈。未だ若年の弟めも、御家中の取沙汰を聞き及び、子心にも忠義の道を忘れず、討ち果たそうという彼が心に恥もせず、雑言を以て人を掠めるか。両人の若者どもが争論(いさかい)に取り結んだこそ幸い、よい詮議の手がかり。言い分あらば弟が名代にて、民部が相手になろう。さあ、なんとじゃ。



正真(しょうじん)の説ならば親を出せ。伜数馬が代わりに、最前からの当て事。もう死に際じゃ。百年目と思うて、さあ覚悟をせよ。



親父様に刃向かうと、手を見せぬぞ。



兄様に狼藉すると許さぬぞ。



八剣玄蕃。



秦民部。



秀太郎。



数馬。



さあ、勝負勝負。



これは仕様もない。お前方は気が違うたか。いや、狂気でもさしゃんしたか。大切な御家老の身で、どういうことでござんす。気を静めて下さんせいなあ。



女、こざかしい。出しゃばって古疵の上へ、新疵を受けまいぞ。すっ込んでいようすっ込んでいよう。



さあ、勝負勝負。



お勅使のお入り。



はあ。



なに、お勅使とな。



聞かしゃんしたか。お勅使様のお入りといなあ。わたくしの遺恨は追ってのこと。まあ静まって下さんせいなあ。



いかさま、大切なるお勅使のお入りとあれば、玄蕃。



民部。



わたくしの宿意は追ってのこと。しばらく和睦して、お迎いに出申さずばなるまい。



そちが命はいつでもこっちのもの。死出の旅立ちの置土産、お勅使のお迎い、もう一度勤めさせてやろうかい。



いや、その雑言聞いては、もう許されぬ。



狼狽者、控えておれ。



お勅使のお入り。



巻絹どの、両人を奥へ御同道願いまする。



合点でござんす。仲ようして奥へござんせ。



重ねて最前のように言うと許さぬぞ。



許さぬとは推参な。



さあござんせ。



これは桜町の中将清房卿、お勅使御苦労千万に存じ奉りまする。



して、勅諚の趣き、



恐れながら、



慎んで承りとう存じまする。



小野左衛門春道、同じく春風、両人への勅諚。



はあ。



このたび天下旱魃につき、万民歎き苦しむ有様、大君にも嘆かわしく思し召され、小野春道の家の重宝、小野小町が雨乞いの名歌、「ことわりや」の短冊、すなわち小町が直筆を以て、先年雨乞いの節件(くだん)の短冊、神泉苑(しんせんえん)のお池へ流したる所に、小町が名歌に天も納受あって、たちまち車軸の雨を下して、四海泰平に納まる。その例に任せ、件の短冊を神泉苑にうかべ、雨乞いをなさば、雨の降らんこと目のあたり、急いでその短冊を差し上げよとの勅諚、謹みて御請け召されてよかろう。



こはありがたき勅諚蒙ってござりまする。こと改まった申しごとながら、私方は小野小町より三代、君の御厚恩を蒙り只今までも家名繁昌いたしまするところに、先例に任せ、先祖小町が「ことわりや」の短冊を以て、雨乞いをなされんとは、末代までも小町が誉れ、末流の我々身に取りありがとう存じ奉りまする。なに春風、急いで宝蔵の短冊持参つかまつって、お勅使へ御覧に入れ召され。



はあ。



いやさ伜、早く短冊を持参つかまつれ。



はい。



これこれ若殿、もうし、こなたは咽喉に骨の立ったような、味な身振りでぎくぎくと見苦しい。短冊を出すのに、なんの手間暇入るもので。どりゃ、玄蕃がまいって持参いたそう。



いや、玄蕃控えめされ。御家の大老職でも、この短冊箱の宝蔵へ、指でもさすことはなりますまい。身不肖ながら、この秦民部が、宝蔵の鍵は君より預かり奉り、肌身にじっと付けて罷りある。なんぼう其許(そこもと)が出過ぎめされても、こればっかりは、ちと我儘にはなりにくうござろう。



お勅使の前で、役にも立たぬせり合い。民部早く持参つかまつれさ。



かしこまりました。



ああ、これこれその短冊は、宝蔵にはないわいのう。



やあなんと、短冊がどうした。



はてさて、大切なお宝の重宝が、どうするもので。



しからば早く持参めされい。



貴殿の指図がのうても知れたこと。ははあ、只今持参つかまつりましょう。



でも短冊は、あの疾(と)うに。



わたくしへ、お預けなされたではござりませんぬか。



これは気の毒な、そうではない。そなたに隠して、あの短冊は。



いやさ、どうさっしゃれたぞ。



拙者に隠して、一目御覧なされたと申す儀でござりましょうが、そりゃまた御覧(ごろう)ぜいで。いかに御家の御重宝でも、若殿のお前、御覧ぜいで、どう致そう。このような時に、うじうじ滅多なこと御御意なされぬがようござりまする。千も万もいらぬ、これへ短冊を持参すれば済むこと。しばらくお控え下さりましょう。



それでも、あの、其方(そち)がいては、どうも、これ、この座の言いわけが。



こりゃこりゃ何をうじうじするぞ。ええ、短冊持参せぬかやい。



はああ、拙者が参るに及ばず、秀太郎、宝蔵のお宝、「ことわりや」の短冊、急いでこれへ持参いたせ。



はああ。



その短冊の箱を、持参しては。



なんの真似でござる。キョロキョロと脾胃(ひい)虚(きょ)した子供に膳みせたように、まだ御披露も済まぬ先に、飛び出して見苦しい。箱あけて披露する役人は大勢ござる。なんでもかでも、自身に捌きたがってはしたない。人は氏より育ち、部屋で燗して手料理でちょびつくとは違いまする。お勅使の前でござるぞ。嗜(たしな)まっしゃれ、苦々しい。



今日ここにて短冊をお勅使の御覧に入れますることは、どうもなるまい。



そりゃなにゆえ。



されば、未だ帝の叡覧(えいらん)にも供えぬ先に、桜町どのへ御覧に入れることはならんぞ。



いやその儀は苦しゅうござらぬ。前見(ぜんけん)毒味(どくみ)ということもござる。叡覧に供え奉る短冊、それがしに内見いたせよと、関白殿よりの上意でござる。さあ、早う拝見いたそう。



でも、その儀は。



やい春風、お勅使の言葉を背くか。不調法な、立ちのかぬか。



さあ、それでも。



なんと。



はあ。



さらばお勅使の御内覧に入れ奉りましょう。
こりゃ、短冊はござらぬわ。



やあ、なんと。



空箱でござりまする。



ほんに民部、短冊はない。こりゃ、短冊がないが、どうしたぞや。伜、短冊がのうては今日のお勅使へ立たぬ。さあさあ、家の大事になって来た。やい民部、こりゃ何ゆえに黙って居る。いやさ大切な家の重宝の短冊は、ドドどうしたぞいやい。



盗まれましてござりまする。



や、なんとしたと。



よくよく民部が武運の尽きでがなござろう。先月上旬、深更に及んで、宝蔵に何やら物音つかまつるゆえ、はっと存じて押取(おっと)り刀にて駆けつけました所に、六尺ゆたかの大の男、宝蔵の窓を蹴破り、一つの箱を引っ抱えて立ち出ずる、おのれ曲者、いずくまでもと追い駆けましたれども、目指すも知れぬ闇の夜、無念ながら盗賊は取り逃がしましてござりまする。後にて詮議つかまつって見ますれば、大切な御宝の短冊、箱ともに見えますぬ。南無三宝、盗賊めに奪われたかと、無念(むねん)骨髄(こつずい)に徹して、狂気の如くに罷(まか)りなり、申し訳には直ちに腹かき切ってとは存じたれども、いやいや雲を分け、水を潜ってなりとも、詮議つかまつらんと存じ詰め、惜しからぬ命ながらえ、今日の大事に及び、申し訳もない仕合せでござりまする。



すりゃ、家の重宝の短冊は、



盗賊に奪われましてござりまする。



大内に差し上げんことも叶わず、小野の家も今日限り
滅亡するか。ええ、情けないなあ。



ははははは、喧嘩過ぎての棒ちぎり、この段になって、泣いても吠えても何の役にも立たぬ。大切な短冊を失い、あの惣領のうっそり殿に芝居させて、鼻の下の面長な民部に預けるとは、石の上でビイドロを手玉に取るより危ないことさ。大殿にも覚悟なされ、息子殿のお陰で、遠流(おんる)になろうか縛り首打たりょうか、まっと仕合せがよくば、逆磔刑(さかばつつけ)にかかろうも知れぬ。それに最前もぬけぬけと、イヤ忠心だのと、この玄蕃に向かってきっぱ廻した侍畜生めが、よい忠臣の態(ざま)、おのれが不忠ゆえ、何も知らぬ仏のような大殿に、笠の台の別れをさせ、大切な小野の家を、はたき物にするとは、詞(ことば)を交わすもなかなか穢(けが)らわしい。ははあ、御勅使へ申し上げまする。今日のありさま、包みましょうようも、防ぎましょうようもござりませぬ。小野の家も今日限り、覚悟つかつってござりまする。急いでこの段、真直ぐに仰せ上げられて下さりましょう。



はて笑止千万。いかさま、安からぬ家の大事。春道、なんぞ言いわけのたつ思案はござらんかの



さすがは桜町どのの情けあるお詞、かたじけのうござれども、途方に暮れまして、申しわけいたしようもござりませぬ。お勅使の御前におきまして、無礼の段はお許されましょう。
やい、日頃忠義のおのれ、この場になって黙っていて事が済むか。なんぞ言いわけの立つ思案はないか。いやさ、お上へ申しわけの立つ料簡はないか。ええ日頃とは違うて、不所存不忠者めが。おのれゆえ小野の家は滅亡するわい。春道は切腹するぞ。ここな謀反人め、主殺しめ。ええ、おのれは不届きな奴じゃなあ。



お上の仰せ、わけの立ちまするよう仕りましょう。



なんじゃ、言いわけがあるか。



ござります。



まだしも人らしいことを吐(ぬ)かした。さあ申しわけせい。



南無阿弥陀仏。



これ兄じゃ人。狂気なされたか。死んで言いわけが立ちまするか。いやさ切腹して君へ申しわけになりますか。こなたはいこう急(せ)かさっしゃれたぞや。急くところではあるまい、待たっしゃれいのう。



この場に及んで、なんの言いわけがあろう。御宝の紛失(ふんじつ)は主人の存じたことではない。預かり主のそれがしが盗まれたれば、この民部が不調法。その過ちを身が科(とが)にして、切腹するからは殿の御家に祟りはない筈。ああ、恐れながらこの儀よろしく、御奏聞願い奉ります。弟秀太郎、兄弟の誼(よしみ)に介錯(かいしゃく)頼む。いずれも、おさらば。



いいや、殺しは致しませぬ。



いいや、放せ。



待たっしゃれい。



秀太郎放すな。民部切腹には及ばぬ。お上へは、この春風が申しわけする、放すまいぞ。



どっちからでも、言いわけが立ちさえすれば、煎豆(いりまめ)に花。さあ若殿、こなたの言いわけは。



さあ、おれが言いわけは。



なんとでござる。



南無阿弥陀仏。



まあ、お待ちなされませい。たとえ言いわけにもせよ、大切なお前がお果てなされて、大殿様はなんとなされましょうぞいなあ。その上、お前が死なしゃんして、わたしはどうしょうぞいなあ。皆様の手前も恥ずかしけれど、人知れぬお情けに、ほんに命にかえても、御大切に存じておりまするぞえ。このことを錦(にしき)様がお聞き遊ばし、賤しい其方じゃが、兄上のお目にさえ留まったらば、お部屋とも御簾中(ごれんちゅう)とも、わしが取り持とうほどに、ずいぶん兄上を大切に宮仕え申せと、錦様の仰せつけ。したがよい身になる嬉しさに、おいとしゅう思うのではない。なんのなんの、誓文ござんせぬ。わたしも主税(ちから)が女房滝野が妹でござんす。是非この場でお前が死なねば申しわけが立たずば、わたしから先へ死んで、女の操を現わして、お目にかけましょう。とても死ぬる命なら、なぜ言いわけして死なしゃんせぬぞ。春風様、ええお前様は、情けないお心でござんすわなあ。



ははははは、かかったことは一つもない。お勅使へしかつべらしゅう、言いわけでもなることかと聞いていれば、お勅使の御前、親子の中で差合い知らずに、口舌をやられるは、そりゃ言いわけに死ぬるのじゃない。心中に死ぬるのだ。そんなら部屋の隅の、さいたら畑へ行ったがまし。馬鹿々々しゅうて物が言われぬ。大殿、もうし、松の下をたんと潜った代わりには、どうぞまちっと、人らしい言いわけはござりませぬかな。



なんの、言いわけに両人が死ねば、今日のお勅使の御返答、それで済むか。小野の家のが、それで立つかやい。



さあ、それは言いわけに両人が死ねば、今日のお勅使の御返答、それで済むか。小野の家のが、それで立つかやい。



なんと。



はああ。



狼藉(うろたえ)者めが。今死ぬる命をながらえて、いま一度短冊の在処(ありか)をなぜ詮議せぬ。それで知れずば、その時に死ぬるという料簡はつかぬか、不所存者めが。命にかえて詮議はせぬか。



あまり途方に暮れまして、そこへ心がつきませなんだ。あすともいわず今日中に、短冊を尋ねまして、お目にかけましょう。



しかとそうな。



叶いませぬ期(ご)に及びますれば、主従刺し違えまする覚悟でござります。



これこれ大殿、老耄(おいぼ)れさっしゃれたか。綸言(りんげん)は汗の如く、ふたたび取り返しはなりませぬ。短冊の叡覧明日までと言い出されたを、何とて日延べがなりましょう。切金(きりがね)の日延べ見るように、そんなことが、どう禁廷へ申し上げらましょう。なあお勅使さま、さようではござりませぬか。



いやいやそれは苦しゅうない。尤も勅諚は重けれども、今日家の珍事は、春道どのの御存じないこと。たとえ二三日間があっても、短冊尋ね出して差し上げれば、申しわけは立つというもの。最前それがしが言いわけの料簡はござらぬかと申したは、ここのことでござる。油断のう詮議して、短冊をさしあげられい。それがしよろしゅう執成(とりな)し申し置くであろう。



いや中将様、憚りながら、それではお上へ済みそもなうものでござりまする。善は善、悪は悪と照らさっしゃるお上の鏡。最前申す通り、今日の不首尾、明白に仰せ上げらずば、お前の不調法になりそうなものでござりまする。



伝奏の御沙汰を、地下(ちげ)の其方が知ろうか。皆この清房が胸にあること。



でも、この儀は。



玄蕃、お勅使へ向かって緩怠(かんたい)な、黙らぬか。



勝手にさっしゃれい。



お勅使には、暫く奥殿へお入りあって、御酒一献召し上がられ下さりましょう。それ御案内つかまつれ。



しからば左様いたそう。御案内召され。



はああ、なに春風、民部、しかと今日中に短冊の詮議申しつけたぞ。



かしこまりました。



ははははは。鉄(かね)の草鞋で三千世界を一時に廻っても、知れそうもない詮議だ。



巻絹、秀太郎、御案内いたせ。



先ずお入りなされましょう。
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