三人吉三廓初買 二幕目 割下水伝吉内の場

三人吉三廓初買 二幕目

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目次

役名

  • 和尚吉三
  • 土左衛門爺伝吉
  • 笠屋武兵衛
  • 八百屋久兵衛
  • 伝吉娘おとせ
  • 屋の手代十三郎

二幕目 割下水(わりげすい)伝吉内の場

はぜ

ええ耳かしましい、なにをそんなに大きな声をするのだ。

ちょう

そういう汝(うぬ)が聾(つんぼ)だから小さな声じゃあわからねえ。

おいぼ

なんだか知らねえが静かに言ってもわかろうじゃあねえか。

ちょう

こう、おいぼさん聞いてくんな。いま顔をしようと思ったら白粉(おしろい)が足らねえから、貸せといえば貸さねえというゆえ、そんなら私(わっち)が貸してやった銭を返してくれというのだ。

おいぼ

そうでもあろうが、親方もおとせさんが帰らぬえので、気をもんでいなさらあな。

ちょう

それをわっちゃあ知っているから、言いてえことも言わねえのだ。

はぜ

言いてえことがあるなら思いれ言うがいい、なんぞというと返せ返せとこっちこそ貸しがあれ、そっちから借りた覚えはねえ。

ちょう

なに、ねえことがあるものか、一昨日(おととい)の晩蕎麦が二杯、帰りがけに夜明しで、きらず汁に酒が一合、今朝も 漬物屋の沢庵を八文買うとき四文貸し、ちょうどそれで百ばかりだ。

はぜ

そりゃあ手前(てめえ)がこの間、和田の中間(ちゅうげん)に達引(たてひ)く時、七十二文貸しがあらあ、まだその上に四文屋の十二文という棒鱈(ぼうだら)を手前に二つ喰わしたから、こっちも百貸しがあるのだ。

ちょう

べらぼうめ、あのぼう鱈(たら)は歯がなくって喰えねえというから、それでおれが喰ってやったのだ。

はぜ

なんでもいいからおれがほうへ百返しておいて理屈を言え。

ちょう

うぬに返(けえ)す銭があるものか、こっちへ百とらにゃあならねえ。

はぜ

いくらとろうとぬかしても、やらねえと言ったらどうする。

ちょう

どうするものか、腕づくでとる。

はぜ

おもしろい、とらるるものならとってみろ。

ちょう

とらねえでどうするものだ。

おいぼ

これさこれさ、いい加減にしねえのか。待てといったら、まあまあ待った。

ちょう

いらぬ留めだて、

両人

退いた退いた。

おいぼ

いいや退(の)かれぬ退きませぬ、あぶねえ煙管と薪(たきぎ)のなか、見かねて留めに入ったは、三十振袖(ふりそで)四十島田(しまだ)、いま一対の二人は、名におう関(せき)のばばあおはぜ、外に嵐の虎鰒(とらふぐ)おちょう、たがいに争う百の銭、この貸借は辻君湯(よたかゆ)の下水に流してさっぱりと、綺麗に預けてくんなせえ。

ちょう

そういう事なら預けもしょうが、

はぜ

そうして百の貸借は、

おいぼ

中へはいったわっちが不肖、昨夜お信(しな)の床花(とこばな)に小銭まじりで貰った百、二つにわけて五十ずつ足らぬところは両腕のかわりに二本の蛸の足、高いものだが五十として、これで百にしてくんねえ。

ちょう

さすがは名代(なだい)のうで蛸おいぼ、両足出しての扱いを、

はぜ

まさかこのまま取られもしめえ、

おいぼ

そんならここに二合ばかり、残った酒で仲なおり、

ちょう

物は当って砕けろか、

はぜ

犬と猿との噛み合いも、

おいぼ

これから兄弟同様に、

ちょう

三人寄って、

両人

義を結ぼうか。

権次

こう、お前たちはまだ仕度をしねえのか。

おいぼ

なに、しねえどころか、とうに身仕舞もしてしまって、

ちょう

お前の来るのを待っていたのだ。

権次

おらあまた遅くなったから、場所へ小屋を掛けて来た。

はぜ

そりやあいい手廻しだの。

権次

そうして親方は奥かえ。

三人

あい、奥にいなさるよ。

伝吉

おお権次か、帰ったか。やれやれおおきに御苦労だった。

権次

つい先から先を歩いて、思いのほか遅くなりました。

伝吉

どうだ娘の居所(いどこ)は知れねえか。

権次

あい、すこしでも当りのある所を、ほうぼう尋ねて来やしたが、どうも居所が知れませぬ。これが身性でも悪けりやあ逃げでもしなすったと思いやすが、親分の娘にしちゃあ堅過ぎるおとせさん、そんな気遣えもあるめえし、それにここにいる三人ならおっ放しておいても大丈夫だが、野玉に過ぎた器量ゆえ、引っかっがれでもしやあしねえか。

伝吉

さあそれをおれも案じられ、今日はろくろく飯も喰えねえ、こんな気じゃあなかったがここが段々取る年で先から先を考えるのでほんに余計な苦労をするよ。

権次

しかしこんなに案じるものの、昨夜(ゆうべ)何所(どこ)ぞへ泊まりなすって昼間帰るも間も悪く、すぐに場所へ行きなすったかも知れねえ。

伝吉

何にしろ手前達はこれからすぐに場所へ行き、おとせがいたら誰でもいいから先へ一人帰ってくれ。

はぜ

あいあい、いなすったら年役に、わっちが先へ帰って来よう。

権次

ええおっかあ、楽なほうへ逃げたがるな。

はぜ

こりゃあ年寄りの役徳だ。

権次

さあさあ、仕度がよけりゃあ出船としょうぜ。

そんなら親方行って来ます。

伝吉

行く道も気をつけてくれ。

権次

合点でござります。

伝吉

ただならいいが、から身でねえゆえ、

権次

ええ、

伝吉

いやさ、から傘を持って行くがいい、

権次

ほんに悪い雲行だ、

おいぼ

水晴(すいば)れは真平だ。

ちょう

ばれねえうちに、

権次

道をいそいで、

三人

さいでさいで。

伝吉

ああ案じられる娘が身の上、大まい百両という金ゆえひょっと間違いでもあるときは、おれはともあれ奥にいる昨夜助けた木屋の若い衆、家へ帰すこともならずどうしたらよかろうか、なるほど道に落ちた物を拾うなとはよく言ったものだ。とんだ金を拾ったばかり、よけいな苦労をしにゃあならぬ。ああ早く便りを聞きてえものだ。

久兵

これ娘御、お前の家はどこらだな、

とせ

はい、向うに見えますが、私の家でござります。

久兵

ああそんなら向うでござるか。これから家へ帰って も、死のうなぞという無分別は決して出さっしゃるな。

とせ

御親切にお留めくだされ、ありがとう存じます。

久兵

さぞ親御が案じてござろう。ささ少しも早く行きましょう。はい、ちょっとお頼み申します。

伝吉

あい、どこからござりました。

とせ

ととさん、私でござんす。

伝吉

おお娘か、やれよく帰って来た。

とせ

昨夜(ゆうべ)とんだ災難に逢うて、すでに死んでしまうところ、このお方に助けられ、おかげで帰って来たゆえにようお礼を言うてくださんせ。

伝吉

これはこれはどなた様でござりますか、娘が命をお助けくだされ、ありがとう存じます。

久兵

いやも既(すんで)のことに危(あやう)いところ、ようようのことでお助け申しました。

伝吉

してまあ昨夜の災難とは、どんな目に逢ったのだ。

とせ

さあ金を落としたそのお人を尋ねに場所へいたところ、お目にかからずすごすごと帰る途中の大川端、道から連れになったのは、年の頃は十七八で振袖着たるよい娘御、夜目にも忘れぬ紋所は丸の内に封じ文、その娘御が盗人にて持ったる金を振られし上、川へ落とされ死ぬところをこのお方に助けられ、危い命を拾ったわいな。

伝吉

ええ、すりや拾った金を取られしとか。

とせ

あいなあ。

伝吉

はて是非もないことだなあ。

久兵

いやその後は、この私がかいつまんでお話し申そう。私は八百屋久兵衛というて首姓半分青物商売、ゆうべ東葛西から舟に牛蒡や菜を積んで通りかかった両国川、水に溺れて苦しむ娘御、ようよう上げて介抱なし我家へ伴い帰りしところ、ごらんの通りの貧乏ぐらし着替の着物もないゆえに紡太(ぼうた)を着せて夜通し掛かり、ようやく火箱で着物を干上げ、今朝つれて参ろうと思う出先へひょんな事、私が倅が奉公先で金を百両持ったまま行衛が知れぬと主人より人が参って吃驚りなし、とりあえず先ずさき方へ顔を出し、それから方々心当りを尋ね捜せど行衛知れず、それゆえ大きに遅なはり余計に苦労をかけましたは、どうぞ許してくださりませ。

伝吉

それはそれは、お前様の御苦労の中で太いお世話、何とお礼を申そうやら。それにつけて、こっちにも似寄った話しがありますが、して息子殿の年格好は。

久兵

今年十九でござりますが、私と違って色白で目鼻立ちもばっちりと、親の口から申しにくいが好い男でござりまする。

とせ

どうか様子をお聞き申せば、金を落としたお方のよう、

久兵

それゆえもしや言いわけなく、ひょんな事でもしはせぬかと、案じられてなりませぬ。

伝吉

その御案じは御尤も、誰しも同じ親心、したがその息子どのは別条ないから安心なさい。

久兵

え、すりや達者でおりますとか。

伝吉

今お前に逢わせましょう。おい十三(じゅうざ)さん十三さん。

十三

はい、只今それへ参ります。

久兵

や、倅か。

十三

親父さまか。

久兵

よくまめでいてくれた。

十三

ああ面目次第もござりませぬ。

とせ

やお前は、どうして此方の家へ。

十三

さあ金を失い言いわけなく、川へ身を投げ死のうとせしを伝吉さまに助けられ、昨夜から御厄介。

とせ

それはよう来て下さんした。これについても今の今まで私しゃ死にとう思うたは、どうした心の間違いやら、死んだらここで逢われぬもの。もうもう死ぬ気はすこしもない。鶴亀々々。

久兵

そんなら死ぬ気はなくなりましたか、やれやれそれはよい了簡。ああ思えばいかなる縁づくか。

伝吉

こなたの息子は己が助け、

久兵

お前の娘は私が助け、

十三

捨てる命は拾えども、

とせ

拾うた金は盗まれて、

伝吉

今となっては、

久兵

たがいの難儀。

十三

こりゃどうしたら、

四人

よかろうぞ。

伝吉

まあ何にしろその百両、娘が拾って盗まれたら、こっちものがれぬ掛かり合い、死に身になって共々に、金の調達しょうから、まあそれまでは息子どの行衛の知れねえ態にして私に預けてくんなせえ。悪いようにはしめえから。

久兵

それはくありがたい御親切なそのお詞、あまえてお願い申すのもそでないことではござりますが、なにをお隠し申しましょう、実の親子でないゆえに、こっちに隔てはなけれども難儀をかけて気の毒なと、居にくいこともござりましょうかとそれが案じられまする。お願い申しとうござりますが、しかし馴染もないあなたへお気の毒でござりまする。

伝吉

なに、その気兼ねには及ばねえ、こんな商売、年中人の一人や二人ごろついている私が家、けっして案じなさらねえがいい。

久兵

それはありがとうござりまする。

十三

そんなら私はこっちの家に、

とせ

これから一所にいさんすのか、

伝吉

おおさ、なくした金のできるまでは、おれが預かり家へおくのだ。

とせ

そりゃまあ嬉しい。

伝吉

や。

とせ

いやさ、家が賑やかでようござんすな。

伝吉

そりゃあそうと、この息子どの義理ある仲と言いなさるが、貰いでもしなすったのか。

久兵

いえ、拾いましたのでござります。

伝吉

ええ、そりゃあどこで。

久兵

忘れもせぬ十九年前、実子が一人ありましたが子育ちのない所から、名さえお七とつけまして、女姿で育てましたが、ちょうど五歳で勾引(かどわか)され行衛の知れぬを所々方々捜して歩く帰り道、法恩寺の門前で拾ってまいったこの倅、こりゃ失う倅のそのかわり祖師様からのお授けと家へつれて帰って見れば、守の内に入れてあった土細工の小さな犬に、十月十三日の誕生と書き記してあったので、戊の年の生まれと知れ、十三日の生まれ日は、すなわち祖師の御縁日ゆえ、すぐに十三と名をつけて育てましたるこの倅、実の親は何者か、どうで我が子を捨てるからは、ろくな者ではござりますまい。

伝吉

すりや、法恩寺の門前で息子どのは拾ったのか、はて思いがけねえことだな。

久兵

いや、勝手ながら私は主人方へ言いわけに、これから廻って行きますれば、もうお暇いたしまする。

伝吉

それじゃあ息子どのの身の上は、私に任せておきなせえ。

久兵

なにぶんお頼み申しまする。

十三

あ、思いまわせば私は、いずくの誰が胤なるか、実の親は名さえも知らず、まだ当歳のその折からこの年までの御養育、大恩受けし親父さまへ何一つ御恩も送らず、御苦労かける不孝の罪、どうもそれが済みませぬ。

久兵

はてそれとても約束事、かならずきなきな思わぬがよい。

とせ

そんならもうお帰りでござりますか。

久兵

はい、またお礼にあがりますが、なにぶんともに倅がお世話を、

とせ

そりやもう私が、どのようにも、

久兵

それはありがとうござります。さようなれば伝吉どの、

伝吉

久兵衛どの、

久兵

倅、

十三

はい。

伝吉

せっかく娘が帰ったらと思った金もいすかとなり、今更しようもねえ訳だが、しかし金は世界のわき者、明日にもできめえものでもねえ、まあ案じずと二人とも昨夜からの心遣い、奥へ行って寝るがいい。

とせ

そんなら父さん、十三さんと奥へ行ってもようござんすか。

伝吉

ああいいともいいとも、若い者は若い者がいい、年寄りじゃあ話が合わねえ。

とせ

さあ十三さん、父さんのお許しゆえこれから奥でしっぽりと、いえ今宵はしっぽり降りそうなれば、寝ながら話を。

十三

いえ、まだ私は眠うござりませぬ。

とせ

眠うなくとも私といっしょに、

十三

ではござりまするが。

伝吉

眠くなくば炬燵へでも、あたりながら話しなせえ。

とせ

あれ、父さんもああ言わしゃんすりや、

十三

そんなら御免くださりませ。

伝吉

どうで夜具も足りめえから、眠くなったらその侭炬燵へすぐに寝なさるがいい。

十三

ありがとうござりまする。

とせ

ほんにこのような嬉しいことが、

伝吉

ああ、なんにも知らず、

両人

ええ、はやく寝やれよ。 

和尚

きのう思わず大川端の庚申塚で、お嬢お坊の二人と兄弟分になった時、おれによこしたこの百両、こいつばかりは満足に貰った金だ。しかしあいつらが持っている金だから、どうで清くもあるめえが、おのれがためにゃあ清い金だ、ひさしく親父にも逢わねえからまあ半分は親父へ土産、こんな根性でも親父がことは案じられらあ、おつなものだな。

あい、ごめんなさい。

伝吉

だれだ。

和尚

とっさん、おれだよ。

伝吉

お吉か、なにしに来た。

和尚

なにしに家へ来るものか、お前も段々取る年だから、変わる事でもありきゃあしねえかと、ちょっと見舞いに寄ったのだ。

伝吉

そりゃあ奇特なことだったが、おらあまた無心にでも来たかと思った。

和尚

父さんそりゃあ昔のことだ。今じゃあどこにくすぶっていても塩噌(えんそ)に困るような事はねえ。寝ていて人が小遣いを持って来てくれるようになった、これというのも親のおかげ、これまで度々無心を言い何の中にも義理とやら、小遣いでもあげてえと思った壷に目が立って、昨夜ちっとばかり勝ったからそれを持って来やしたのさ。

伝吉

いや、その志は忝いが、勝ったというその金も、噂の悪い手前ゆえおらあどうも安心ならねえ。おおかた五両か十両だろうが、そりゃあ手前のことだから己に難儀はかけめえが、はした金でその時に苦労をするのはおらあ嫌だ。志は貰ったから金は持って帰ってくれ。

和尚

そりゃあお前が言わねえでも、百も承知二百も合点、ええ幾つになっても小僧のように己を思っていなさるだろうが、三年立ちゃあ三つになりやす。ひさしぶりで尋ねて来るに、まさかわっちも五両や十両のはした金は持って来ねえ。

伝吉

なに、はした金は持って来ねえ。

和尚

ちょっとしても、そりゃ、五十両あるよ。

伝吉

すりや、あのこれを。

和尚

また要るなら持って来やしょう。

伝吉

わずか五両か十両のはした金と思いのほか、こりゃあ小判で四、五十両、ちょうどこっちに入用の、さあ欲しい金でも貰わねえ、以前とちがって悪事をやめ、今じゃあ信者講の世話役にお題目と首っ引きゆえ、そでねえ金はもらえねえ。

和尚

何故もらえねえと言いなさるのだ。親の薙儀を貢ぎのため、子が金を持って来るのはいわずと知れた親孝行、お上へ知れりやあ辻々へ張札が出て御褒美だ、なんで袖ねえというのだろう。

伝吉

いや御褒美が出て辻々へ張札が出りゃあいいけれど、もう百両とまとまればこの江戸中を引き廻し、その身の悪事を書き記した捨札が出にゃあならねえわ。はした金でも取るめえと思ったところへ五十両、猶々こりゃあ貰えねえ、早く持って帰ってくれ。

和尚

そりゃあ父っさん、わからねえというものだ。たとえこの金でくれえ込み、明日が日首を取らるるともお前に難儀をかけるものか、堅気な人なら怖かろうが、根が悪党のなれの果て、びくびくせずと取って置きねえ。

伝吉

いやいやこりゃあ取られねえ、というのは若い時分にした悪事が段々報って来て、今も今とて現在の、まだこの上にこの金を取ったら、どんな憂目を見ようか、ああ恐ろしい事恐ろしい事。

和尚

何だなそんな愚痴を言って。取る年とは言いながらお前もけちな心になったの、それじゃあどうでもこの金は要らねえと言いなきるのかえ。

伝吉

さあ今もおれが言う通り、なくてならねえ百両の土台に据える五十両、唾の出るほど欲しいけれど、

和尚

ほしけりゃあ取って置きなせえな。

伝吉

いやいやこの金ばかりは取られねえ、早く持って帰ってくれ。

和尚

ええ要らざあよしねえ上げますめえ、悪党ながら一人の親、ちっとも楽をさせてえから、わざわざ持って来た金も気に入らざあよしやしょう。

伝吉

さあさあ外に用もねえことなら、手前がいると目ざわりだ。ちっとも早く帰ってくれ。

和尚

帰れと言わねえでも帰りやす、いつまでここにいられるものか。

伝吉

その根性が直らずば、こののち家へ来てくれるな。

和尚

なに、来いと言ったって来るものか。

伝吉

おお来てくれぬほうが孝行だ。

和尚

以前は名うての悪党だったが、ああも堅気になるものか。それじゃ父っさん。

伝吉

なんだ。

和尚

首にならにゃあ逢わねえよ。

伝吉

二人ながら昨日からの、疲れでぐっすり寝入った様子。ああ寝ている姿を見るにつけ、思い出すはこの身の悪事。可愛や奥の二人は知らずにいるが双生子の同胞(きょうだい)、生まれたその時世間を憚り、女幼児(おんなのがき)は末始終金にしようと家へ残し、藁の上から寺へ捨てた男の幼児があの十三、廻り廻って同胞同士枕を交わし畜生の交わりなすも己が因果。しかも十年あとの事以前勤めた縁により海老名軍蔵様に頼まれ、安森源次兵衛が屋敷へ忍び、お上から預かりの庚申丸の短刀を盗んで出たる塀の外、吠えつく犬に仕方なくその短刀でぶっ放したが、はずみにそれて短刀を川へ落として南無三宝、その夜は逃げて明る日に素知らぬ振りで行って見りやあ切ったは雌の孕み犬、ついに短刀の行衛も知れず、考えてみりゃあ一飯でも貰う恩を忘れずに門戸を守る犬の役、殺したおれは大きな殺生、そのとき女房(かかあ)が孕んでいて産まれた幼児は斑(ぶち)のように、身体中に痣のあるので初めて知った犬の報い、一部始終を女房に話すとすぐに血が上り、生まれた幼児を引っ抱え川へ飛び込み非業の最期、それから悪心発起して罪亡ぼしに川端へ流れついたる土左衛門を引き揚げちゃあ葬るので、綽名になった土左衛門伝吉、今じゃあ仏になったゆえ死ぬる命を助けたる十三が双生児に又候や、犬の報いに畜生道、悪いことは出来ねえと思うところへ吉三が来て、おれへ土産の五十両、なくてならねえ金なれど、手に取られぬは段々とこの身に報うこれまでの積もる悪事の〆高に算用される閻魔の帳合(ちょうあい)、はて恐ろしいことだなあ。

武兵

はて、今摺れ違って行った奴は伝吉の倅のたしかに吉三、おとせを女房に貰いてえが、あいつが兄ゆえ玉に瑕だ。

伝吉

ああこれを思うと非業ながら、死んだ嚊(かかあ)がまだしもだ。

武兵

どれ、伝吉に逢って掛け合おうか。

伝吉

やあ、こりゃ今の金、うぬ、まだそこにいやあがったか。

武兵

え、

伝吉

この金持って、おとというせろ。

– 拍子幕 –

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