役名
- 土左衛門爺伝吉
- 浪人お坊吉三
- 釜屋武兵衛
- 手代十三郎
- おとせ。
三幕目 廓裏(くるわうら)大恩寺前(だいおんじまえ)の場

あの鐘はもう八つか、夜は短くなったな。おお金と言やあこの春だったが、土左衛門爺いが門ぐちで思いがけなく拾った百両、ほんに夢に牡丹餅でそれを貸し出し金が殖え、わずか一年立つか立たぬに百両ぐらいはいつ何ん時でも家に遊んでいるようになって、今夜も一重(ひとえ) が無心ゆえ百両やって文里(ぶんり)が手を切らせようと思いのほか、得心せぬゆえやらなんだが、ふられて帰る果報者だ。



険難(けんのん)なら預かってやろう。



え、



いいや今われがぬかした百両を、預かろうということよ。



はあ大恩寺前は物騒だと、とうから噂に聞いて居たが、そんならお前は物取りかえ。



おお知れたこと盗人だ、うぬが百両持っているをたしかに知ってつけて来た。隠さずここへ出してしまやれ。



そう見抜かれりやあ仕方がねえ。いかにも百両持っているが、ただこの金を渡すのはあんまり知恵がないようだが、見こまれたれば命が大事、すなおに百両あげましょう。



そうまた奇麗に出されちゃあ取り憎いのは人情だが、命を本手にするからにゃあ、そうかと言っても返されねえ。こりゃあ己が貰っておこうよ。



金は渡したそのかわり、命と着物は助けて下せえ。



身ぐるみ脱げというとこだが、金を器用に渡したから命と着類は土産にやろう。



そりゃあ忝(かたじけ)ねえ。そんならこれでお別れ申します。ああ初春(はつはる)早々、



え。



とんだ厄落としをした。



どれ、更けねえうちに行こうか。



もしお侍さま、ちょっと待って下さりませ。



え、おれを呼んだは、なんぞ用か。



へい、ちっとお願いがござりまする。



なに、おれに願いとは、



まあ下においでなされてくださりませ。さてお願いと申すはほかでもござりませぬが、ただいまお手に入った百両を、なんとお貸しなされては下さりませぬか。



や、すりや今の様子をば、



うしろで残らず聞いておりました。



む。



なにを隠しましょう、あの百両は私が昼から借りよう借りようと付けておった金でござりまする。それがお前様の手にはいりまして、わしも望みを失い、よんどころなく御無心を申すのでござりまする。



こうこう老父(とっ)さん、そりゃあただ取った金ゆえ、ただ借せと言うのだろうが、命を元手に取った金、それも余儀ない入用ゆえ、気の毒ながらこればかりはお断わりだよ。



ささそうでもござりましょうが、私が方にもせつないわけ、まあ一通り聞いて下さりませ。私の実の倅が養子先から奉公に出まして、主人の金を百両失い私が所へ引き取ってあるところ、見なさる通りの貧乏人、大まい百両という金ゆえ盗みかたりをしたら知らず、しょせん出来ぬ金なれど、その御主人という人がそれはそれはよい人で、今では幽な暮らしなれど失うたのは是非がないと、その日の煙りに困る身でついに一度催促をさっしゃった事はござりませぬ。それだけ猶更一日も早くと思えど出来ぬは金、主人の難儀養父の迷惑見て居られぬが実の親、どうぞ不憫と思し召し、無理な事だがお侍様、私に貸して下さりませ、娘を売ってもその金はきっとお返し申しまする、どうぞ貸して下さりませ。



そんな哀れっぽいことを言いなさるが、こっちも義理あるその人に貢ぎたいばっかりに、きゃつを脅して取った金、いくら言っても無駄だから、できねえ以前とあきらめねえ。



御尤もではござりまするが、そこをどうぞお慈悲をもって、



これ老父さん、見りやあこなたも年寄りだが、眉間の疵を見るにつけ、堅気と見えぬぐれ仲間、出してやりてえものなれど、露見すりやあもうそれまで、身を捨札の高台へ首を載せにゃあならねえ仕事、素人ならば不憫と思い小遣い位はくれもしょうが、こしらえ事の哀れな話、そんな甘口な筋じゃあ鐚(びた)一文でも貸されねえ。



そんならこれほどお願い申しても、どうでも貸しては下さりませぬか。



知れたことだ、おれを常の者だと思やあがるか、十四の年から檻へ入り禁足なしたも幾度か、悪い事なら抜け目はねえ、うぬ等にけじめをくうようなそんな二歳じゃねえぞ、人を見そこなやあがったか、はッつけ親仁(おやじ)め。



小僧、もう台詞(せりふ)はそれぎりか。



なんだと。



こんな台詞も幾度かもう言うめえとこの如く、珠数を掛けて信心するが、貸さぬとあればもうこれまで、いかにもうぬが推量の通り、おれも以前は悪党だ、若い時から性根が悪く或いは押借ぶったくり、暗い所へも行き倦きて今度行きゃあ百年目、命の蔓のさんだんに風を喰って旅へ出て、長脇差の附き合いに場業(ばぎょう)の上の達引(たてひき)にゃあ一六勝負の命のやりとり、そのとき請けた向う疵、悪事にかけちゃあ仕あきた身体、うぬらがように駈けだしのすり同様な小野郎とは又悪党の立(たち)が違う、それほど悪い身性でもふとしたことから後生を願い、片時放さぬ肌の株数、切ったからにゃあ以前の悪党、すべよくおれに渡さにゃあ腕づくでも取らにゃあならねえ。



うぬ、そうぬかしゃあ命がねえぞ。



まだ餓鬼同様にひよ向(むき)もかたまらねえ分際で、ふざけた事をぬかしゃあがるな。



なにをこしゃくな。



大人(おとな)そばえをしやあがるな。
人殺しだ人殺しだ。



思いがけねえ殺生をした。



わたしゃきつう胸騒ぎがしてならぬが、ととさんはどうなさんしたか案じられるわいなあ。



もうそこらまで行ったらお目に掛かるであろうわいの。何にしろ道がわるい、辷らぬようにするがよいぞや、それみたことか、それだから言わぬ事ではない、気をつけて歩くがよい、なにやら人が倒れているが、や、こりゃ父さんが。



父様(ととさま)いのういのう。



ええこれ、酷たらしゅう父さんを何者が殺せしか、死骸の傍に落ちたるは吉の字菱(じびし)の片々(かたし)の目貫。



そんならさっきの盗人が、落とした目貫は、後日の証拠、
– 拍子幕 –
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