歌舞伎十八番の内 暫 その2 / つらねあり

歌舞伎十八番の内 暫

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目次

役名

  • 鎌倉権五郎景政 (かまくら ごんごろうかげまさ)
  • 清原武衡 (きよはらのたけひら)
  • 足柄左衛門高宗 (あしがら)
  • 荏原八郎国連 (えばら)
  • 鹿島入道震斎 (かしまにゅうどうしんさい)
  • 東金太郎義成 (とうがね)
  • 埴生五郎助成 (はにゅう)
  • 成田五郎義秀
  • 武蔵九郎氏清
  • 加茂次郎義綱
  • 加茂三郎義郷
  • 宝木蔵人貞利 (たからぎくらんど)
  • 渡辺小金丸行綱 (こがねまる)
  • 豊島平太 (とよしまへいだ)
  • 田方運八 (たごと)
  • 海上藤内 (うながみとうない)
  • 大住兵次
  • 那須の九郎妹実は景政の従妹照葉
  • 月岡の息女桂の前 (つきおかのそくじょかつらのまえ)
  • 月岡の息女老女呉竹 (くれたけ)
  • 奴八人
  • 半素襖侍四人
  • 侍女四人
  • 白丁大勢

鶴ヶ岡社頭(つるがおかしゃとう)の場

清原武衡

彼らの首を肴として、イデイデ、九献をめぐらさん。

震斎

ソレ照葉殿、君へお酌を。

照葉

ハッ。

成田五郎

イデ、素首を、打っ放そうか。

東金太郎

今が最期だ。

六人

観念しろ、エエ、

鎌倉権五郎景政

しばらく。

敵役皆々

ヤア。

清原武衡

待て待て。我が心に応ぜぬ奴輩(やつばら)の、罪を糺(ただ)して成敗なし、今盃をめぐらさんとなす折柄、

成田五郎

どうやら聞いた初音(はつね)の一声、暫くという声を聞き、首筋がぞくぞくいたす、流行風でも引かにゃあいいが。

東金太郎

左様左様。

荏原八郎

かく言う手前も有りようは、足の裏がムズムズ致し、気味が悪うござるわえ。

足柄左衛門

なんに致せわれわれなどは、まだ喰べつけぬ事なれば、

荏原八郎

胸がどきどき致してならぬ。

埴生五郎

左様左様、身共などもその通り、いま暫くと声を聞き、

武蔵九郎

下っ腹がぴんと申した。

震斎

物はためしだ、聞いて御覧なさい。

清原武衡

今しばらくと声かけたるは、

敵方皆々

何やつだ、エエ、

鎌倉権五郎景政

しばらく。

敵方皆々

暫くとは。

鎌倉権五郎景政

暫く暫く、暫プウ。

大薩摩

かかる所へ、鎌倉の権五郎景政、
素襖の袖も時を得て、今日ぞ昔へ帰り花、名に大江戸の顔見世月、目覚ましかりける次第なり。

奴八人

ドッコイ。

成田五郎

今、我が君の厳命にて、罪ある奴を成敗に行わんとなすところへ、

東金太郎

暫くと声をかけ、のたくりつん出た、わっぱしめ。

震斎

イヤ、赤い伯父公二人とも、知らねば誰も知る筈なし。

照葉

こう見たところが、柿の素襖に大太刀佩いたお若衆さん、どうやら気味が悪そうな。

足柄左衛門

聞くは当座の恥だといえば、まあともかくも、聞いて見よう。

荏原八郎

そも先ずうぬは、

敵役皆々

何やつだ、エエ。

成田五郎

いやさ、何やつだ、エエ。

鎌倉権五郎景政

淮南子(えなんじ)に曰く、水余りあって足らざる時は、天地に取って万物に授け、前後する所なしとかや。何ぞ其の公私と左右とを問わん。問わでもしるき源は、露玉川(つゆたまがわ)の上水に、からだ許(ばか)りか肝玉まで、漱ぎ上げたる坂東(ばんどう)武士、ゆかり三升の九代目と、人に呼ばるる鎌倉権五郎景政、当年ここに十八番、久しぶりにて顔見世の、昔を忍ぶ筋隈は、色彩(いろどり)みする寒牡丹、素襖の色の柿染めも、渋味は氏(うじ)の相伝骨法、機に乗じては藁筆(わらふで)に、腕前示す荒事師、江戸一流の豪宕(ごうとう)は、家の技芸と御免なせえと、ほほ敬って白(もお)す。

奴八人

どっこい。

成田五郎

さあさあ、暫くでござる。根元(こんげん)歌舞伎始まって、江戸の名物暫くの本店(ほんだな)、いずれも首の用心しやれ。

敵役皆々

やあ。

清原武衡

今暫くと声をかけ、つん出たやつをよく見れば、見覚えのある角前髪、ほかに類いも荒事の、本家に相違あらざるか。その権五郎景政が何で暫くと留立て致した。

鎌倉権五郎景政

何で大福帳の額をおろした、いや誰がはずした。

清原武衡

してその大福帳の謂れがあるか。

鎌倉権五郎景政

愚かや、そも大福帳の謂れ、先ず大は万物の頭、名なくて外なきを大と読ませ、一を書き人を加え、天地乾坤の惣名これ大なり。

清原武衡

さてまた福とは。

鎌倉権五郎景政

福は幸と読み、扁には則ち示すと書き、上の恵みを下に示すの心なり。また作りには一口の田と書き、古き文にも民は国の御宝と釈し、誠に君の御威勢は此のあし原は申すに及ばず、天竺震旦までもあだし一口に飲み納めんとの理なり。

清原武衡

さてまた帳とは。

鎌倉権五郎景政

知らずば事を問い給え、帳は長久の長、上一人より下万民に至るまで人の司を長と書いてはおさと読む。扁には則ち巾を書き、衣食満足するときは国治まりて民豊なり、治まる時は文を左にして民を撫で、乱るる時は武を右にして敵を摧、それおもんみれば兵は兇器なり、止むを得ざるに是を用うる、誠に呂望張良光武太宗天下を治むる所以なり。そのかみの歌に、人は濠人は石垣人は城、なさけは味方仇は敵なり、ただ一心のなす所、誠に天地人の三方は、国に会っては君民鼓腹、家にあっては智仁勇、民間に下っては家の三宝、竈も賑わい国家繁昌の色をあらわす、これ大福帳の三字に至極す。ここに目出度き未の年吉辰秘密の額なりと、掲げたるが誤りか、ぐっとでも言ってみろ。

清原武衡

のさぼり過ぎたその詞、この武衡が耳障り、誰かある、引っ立てい。

足柄左衛門

はっ、こりゃ誰彼というよりも、噂に聞きいる吉例の、入道どんが引っ立てさっせえ。

震斎

よろしゅうござる。吉例とあれば是非がない、勝手は知らぬがやってみましょう。

敵役皆々

手並みのほどが、見たいな、見たいな。

震斎

いや待てよ、安請合に出は出たが、勝手は知らず力はなし、しょせん只では立ちおるまい、とあって後へは帰られず、なまずに去んでは此の胸がすまぬ、
いや我ながら悪い声だ、どりゃどりゃどりゃ。
わっぱめ、そこを立て、エエ、

鎌倉権五郎景政

わりゃあなんだ、鯰の化物か。

震斎

事も愚かや、我こそは常陸の国の住人、鹿島入道震斎とて、要石でも恐れぬ入道、きりきりそこを立て、エエ、
というのはほんの御前体ばかり、あたまに免じて若衆殿、坊主立っちゃくんさるめえか。

鎌倉権五郎景政

立てとは、どこへ。

震斎

揚幕の方へ。

鎌倉権五郎景政

立ってやろうと言いてえが、まあいやだ。早くなくなれ、なくなり損ないが遅いと、塩をつけてかじってしまうぞ。

震斎

やあやあやあ。

照葉

震斎さん、どうでござんした。

震斎

いや、こういう時には女の限る。こなた行って引っ立てて下せえ。

照葉

どうして、私にそんな事が。

震斎

いや、この震斎が一緒に行けば、まあともかくも来さっせえ。

照葉

もし、成田屋のお兄さん、この寒いのによくまあお出でなさんしたなあ。わたしゃちとお前に頼みがあるが、なんと聞いては下さんせぬか。

鎌倉権五郎景政

誰かと思えば滝の屋の姉えか、女だてらに引き立てとは、冗談なまずを押えましょう。そうして用とは。

照葉

ほかでもござんせぬが、ちっとそっちの方へ寄っては下さんせぬか。

鎌倉権五郎景政

エエ、折角のおぬしの頼み、顔をたててやりてえが、うるせえ、いやだ、ぐずぐずするとにらみ殺すぞ。

照葉

あれー。

震斎

うぬ、そうぬかせば。

鎌倉権五郎景政

どうしたと。

震斎

一つとやあ。

皆々 : エエ、おかっせえ。

平太

然らばどうでも行かねばならぬか、さてさて難儀な役回り。

運八

しかし首尾よく行く時は、御恩賞にもありつく手柄。

藤内

手柄はしたし気味は悪し、いっそ四人で行ってはどうじゃ。

兵次

さ、仕事は大勢、喰物は小勢に限ると下世話のたとえ。

足柄左衛門

エエ、無駄を言わずと行かっせえな。

平太等四人

どりゃどりゃどりゃ。

平太

わっぱめ、ここを、

四人

立て、エエ。

鎌倉権五郎景政

エエ、うぬらに引き立てられてつまるものか。悪く傍らへよりやがると投込みへほおり込むぞ。

平太

ヤア、こいつがこいつが。犬猫ではあるめえし、投込みなどとは無礼の雑言。

運八

人もゆるせし我々は、武衡卿の四天王。

藤内

蟹から天王魚(てんのうとと)やあやあ。

兵次

天王様ははやすがお好き。

平太等四人

ワイワイと囃せ、ワイワイと囃せ、ワイワイと囃せ。

鎌倉権五郎景政

エエ、やかましいわえ。

平太等四人

ヨウー。

奴一 : サア、これからは奴の番だ、どなたも身の用心さっしゃりやしょう。
奴二 : 社内を廻らっしゃりやしょう。
奴五 : エエ、おかっせえ。
奴一 : サアこれから、おいらが引っ立てようか。
皆々 : それがいい、それがいい、どりゃどりゃどりゃ。
奴一 : わっぱめ、そこを、
皆々 : 立て、エエ。

鎌倉権五郎景政

いやだ引っ込め、引っ込みようがおそいと、片っぱしから糸目をつけて、切れ凧にしてぶっ放すぞ。

皆々 : ところをおいらが。

鎌倉権五郎景政

どうしたと。

皆々 : ふうー。

成田五郎

おきゃあがれ。

成田五郎

最前から容赦をすれば、君の御前も憚りなく、

東金太郎

慮外をひろぐ憎きわっぱ。

足柄左衛門

いで、この上は我々が、

荏原八郎

あれへ参って、

六人

引っ立てくれん。

成田五郎

成田五郎義秀。

東金太郎

東金太郎義成。

足柄左衛門

足柄左衛門高宗。

荏原八郎

荏原八郎国連。

埴生五郎

埴生五郎助成。

武蔵九郎

武蔵九郎氏清。

成田五郎

いで追っ返して、

六人

くれべいか。

鎌倉権五郎景政

いや、わざわざ来るにゃあ及ばねえ。おれが方からそこへ行くぞ。

六人

いやあ。

鎌倉権五郎景政

檀那寺へ人をやれ。

六人

いやあ。

鎌倉権五郎景政

早桶の用意しろ。

六人

いやあ。

鎌倉権五郎景政

さらば、神輿を上げべいか。

奴皆

どっこい。

義綱

おお景政殿、お来やったか。

待っていましたわいのう。

鎌倉権五郎景政

景政が来たからは、大船に乗ったと思って、落ち着いてござりませ。
時に承ろう、何故あって此の人々の、首を刎ねんとおしやるのだ。

清原武衡

ヤア案外なるわっぱの景政、若年者の分際で、無礼をひろぐ憎き奴めが。

成田五郎

彼等の首を刎ねるのは、今日我が君関白宣下、国を治むる剣の額、

東金太郎

当社へ奉納なし給うに、お目障りとなるゆえに、

足柄左衛門

義綱が納めし大福帳、取り退けんとなすその所を、

荏原八郎

ささえこさえをなせし上、

埴生五郎

ここえ来って無礼の雑言、

武蔵九郎

それゆえ成敗致すのを、

成田五郎

なんで邪魔だて、

六人

ひろぐのだ。

鎌倉権五郎景政

先ずその無礼を糺(ただ)そうなら、その冠りから糺さなにゃならぬ。どこから許されて着けさっした。

清原武衡

サア、それは。

鎌倉権五郎景政

自儘(じまま)に着けたか。

清原武衡

サア、

鎌倉権五郎景政

サア、

二人

サアサアサア

鎌倉権五郎景政

誰だと思う、エエつがもねえ。そればかりでなく朝家のために奉納をする剣の額の、雷丸と言うは偽り、君を呪詛なす剣であろうが。

清原武衡

事も愚かやこの雷丸の名剣は、かたじけなくも禁中にて雷を仕止め、朝家を守る御太刀ゆえ、雷丸ち名づけしなり。

鎌倉権五郎景政

その仕止めたる雷は、水雷か火雷か、水雷なら体もなければ、何を目当てに切ったるぞ。火雷にてあったなら、刃はただれて刃金は鈍り、物の役には立たぬ筈、まだその上に、たんだいの印、大方赤(あけ)え伯父イ達、ぽっぽに持っていようから、坊へ下せえ、手エ手エします。

成田五郎

何でそれを。

皆々 : 知るものか。

鎌倉権五郎景政

うぬらが知らずば正座にいる、武衡どんが持っていよう。イデ引きずり下ろいてくれべいか。

照葉

アアもうし、義綱様が御勘気の基となりし分失の御判、我が手に戻りおりまする。また雷丸の名剣は、ヤアヤアお供の内の小金丸殿、御宝持参し、急いでこれへ。

小金丸

心得ました。
仰せつけられし御家の重宝、すなわちこれに。

鎌倉権五郎景政

ササこれさえあれば義綱殿も、御帰参あって桂の前と、天下はれて妹背のかため、サア慥(たし)かににそっちへ渡しますぞ。

義綱

チエエかたじけない、再び戻る国守の印。

蔵人

それにてお家は、

立役女方 : 万々歳。

鎌倉権五郎景政

めでたく一つ〆ますべい。

成田五郎

こっちも〆ろ。

敵役

ヨイヨイヨイ。

東金太郎

エエ、馬鹿馬鹿しい。

清原武衡

さてこそ、那須の九郎の妹と入り込むおのれは、廻し者よな。

照葉

女だてらの大役も、殺生石に由縁ある那須の九郎の妹と偽り、今日まで化けていたわいなあ。

小金丸

又それがしは義家公の家来にて、渡辺金吾が夜食のかたまり小金丸行綱、清原方のうっそり共、なんと肝がつぶれたか。

敵役皆々

ヤアヤアヤア。

鎌倉権五郎景政

照葉の知らせに謀反を企て、残らず露顕の上からは首を洗って待っていろ。義綱殿には、帰参のお仕度あれ。

義綱

礼は詞に尽くせぬ恩、

勧めに任せ少しも早う、

呉竹

イザ、お立ちのき遊ばしませ。

清原武衡

この返報は重ねてきっと、

鎌倉権五郎景政

ササ、言い分あれば言って見ろエエ、

敵役皆々

もう言い分は、

鎌倉権五郎景政

どうしたと。

敵役皆々

ない。

鎌倉権五郎景政

こりゃそうなくては叶わぬ筈だ。イデイデお立ちあられましょう。

大薩摩

さらばさらばと日の本に、英雄独歩のその勢い、勇ましかりける。

敵役皆々

それ。それ。

白丁

動くな。

清原武衡

鎌倉権五郎、

敵役皆々

景政。

鎌倉権五郎景政

弱虫めら。

敵役皆々

さらば。

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