役名
- 鎌倉権五郎景政 (かまくら ごんごろうかげまさ)
- 清原武衡 (きよはらのたけひら)
- 足柄左衛門高宗 (あしがら)
- 荏原八郎国連 (えばら)
- 鹿島入道震斎 (かしまにゅうどうしんさい)
- 東金太郎義成 (とうがね)
- 埴生五郎助成 (はにゅう)
- 成田五郎義秀
- 武蔵九郎氏清
- 加茂次郎義綱
- 加茂三郎義郷
- 宝木蔵人貞利 (たからぎくらんど)
- 渡辺小金丸行綱 (こがねまる)
- 豊島平太 (とよしまへいだ)
- 田方運八 (たごと)
- 海上藤内 (うながみとうない)
- 大住兵次
- 那須の九郎妹実は景政の従妹照葉
- 月岡の息女桂の前 (つきおかのそくじょかつらのまえ)
- 月岡の息女老女呉竹 (くれたけ)
- 奴八人
- 半素襖侍四人
- 侍女四人
- 白丁大勢
鶴ヶ岡社頭(つるがおかしゃとう)の場
彼らの首を肴として、イデイデ、九献をめぐらさん。
ソレ照葉殿、君へお酌を。
ハッ。
イデ、素首を、打っ放そうか。
今が最期だ。
観念しろ、エエ、
しばらく。
ヤア。
待て待て。我が心に応ぜぬ奴輩(やつばら)の、罪を糺(ただ)して成敗なし、今盃をめぐらさんとなす折柄、
どうやら聞いた初音(はつね)の一声、暫くという声を聞き、首筋がぞくぞくいたす、流行風でも引かにゃあいいが。
左様左様。
かく言う手前も有りようは、足の裏がムズムズ致し、気味が悪うござるわえ。
なんに致せわれわれなどは、まだ喰べつけぬ事なれば、
胸がどきどき致してならぬ。
左様左様、身共などもその通り、いま暫くと声を聞き、
下っ腹がぴんと申した。
物はためしだ、聞いて御覧なさい。
今しばらくと声かけたるは、
何やつだ、エエ、
しばらく。
暫くとは。
暫く暫く、暫プウ。
かかる所へ、鎌倉の権五郎景政、
素襖の袖も時を得て、今日ぞ昔へ帰り花、名に大江戸の顔見世月、目覚ましかりける次第なり。
ドッコイ。
今、我が君の厳命にて、罪ある奴を成敗に行わんとなすところへ、
暫くと声をかけ、のたくりつん出た、わっぱしめ。
イヤ、赤い伯父公二人とも、知らねば誰も知る筈なし。
こう見たところが、柿の素襖に大太刀佩いたお若衆さん、どうやら気味が悪そうな。
聞くは当座の恥だといえば、まあともかくも、聞いて見よう。
そも先ずうぬは、
何やつだ、エエ。
いやさ、何やつだ、エエ。
淮南子(えなんじ)に曰く、水余りあって足らざる時は、天地に取って万物に授け、前後する所なしとかや。何ぞ其の公私と左右とを問わん。問わでもしるき源は、露玉川(つゆたまがわ)の上水に、からだ許(ばか)りか肝玉まで、漱ぎ上げたる坂東(ばんどう)武士、ゆかり三升の九代目と、人に呼ばるる鎌倉権五郎景政、当年ここに十八番、久しぶりにて顔見世の、昔を忍ぶ筋隈は、色彩(いろどり)みする寒牡丹、素襖の色の柿染めも、渋味は氏(うじ)の相伝骨法、機に乗じては藁筆(わらふで)に、腕前示す荒事師、江戸一流の豪宕(ごうとう)は、家の技芸と御免なせえと、ほほ敬って白(もお)す。
どっこい。
さあさあ、暫くでござる。根元(こんげん)歌舞伎始まって、江戸の名物暫くの本店(ほんだな)、いずれも首の用心しやれ。
やあ。
今暫くと声をかけ、つん出たやつをよく見れば、見覚えのある角前髪、ほかに類いも荒事の、本家に相違あらざるか。その権五郎景政が何で暫くと留立て致した。
何で大福帳の額をおろした、いや誰がはずした。
してその大福帳の謂れがあるか。
愚かや、そも大福帳の謂れ、先ず大は万物の頭、名なくて外なきを大と読ませ、一を書き人を加え、天地乾坤の惣名これ大なり。
さてまた福とは。
福は幸と読み、扁には則ち示すと書き、上の恵みを下に示すの心なり。また作りには一口の田と書き、古き文にも民は国の御宝と釈し、誠に君の御威勢は此のあし原は申すに及ばず、天竺震旦までもあだし一口に飲み納めんとの理なり。
さてまた帳とは。
知らずば事を問い給え、帳は長久の長、上一人より下万民に至るまで人の司を長と書いてはおさと読む。扁には則ち巾を書き、衣食満足するときは国治まりて民豊なり、治まる時は文を左にして民を撫で、乱るる時は武を右にして敵を摧、それおもんみれば兵は兇器なり、止むを得ざるに是を用うる、誠に呂望張良光武太宗天下を治むる所以なり。そのかみの歌に、人は濠人は石垣人は城、なさけは味方仇は敵なり、ただ一心のなす所、誠に天地人の三方は、国に会っては君民鼓腹、家にあっては智仁勇、民間に下っては家の三宝、竈も賑わい国家繁昌の色をあらわす、これ大福帳の三字に至極す。ここに目出度き未の年吉辰秘密の額なりと、掲げたるが誤りか、ぐっとでも言ってみろ。
のさぼり過ぎたその詞、この武衡が耳障り、誰かある、引っ立てい。
はっ、こりゃ誰彼というよりも、噂に聞きいる吉例の、入道どんが引っ立てさっせえ。
よろしゅうござる。吉例とあれば是非がない、勝手は知らぬがやってみましょう。
手並みのほどが、見たいな、見たいな。
いや待てよ、安請合に出は出たが、勝手は知らず力はなし、しょせん只では立ちおるまい、とあって後へは帰られず、なまずに去んでは此の胸がすまぬ、
いや我ながら悪い声だ、どりゃどりゃどりゃ。
わっぱめ、そこを立て、エエ、
わりゃあなんだ、鯰の化物か。
事も愚かや、我こそは常陸の国の住人、鹿島入道震斎とて、要石でも恐れぬ入道、きりきりそこを立て、エエ、
というのはほんの御前体ばかり、あたまに免じて若衆殿、坊主立っちゃくんさるめえか。
立てとは、どこへ。
揚幕の方へ。
立ってやろうと言いてえが、まあいやだ。早くなくなれ、なくなり損ないが遅いと、塩をつけてかじってしまうぞ。
やあやあやあ。
震斎さん、どうでござんした。
いや、こういう時には女の限る。こなた行って引っ立てて下せえ。
どうして、私にそんな事が。
いや、この震斎が一緒に行けば、まあともかくも来さっせえ。
もし、成田屋のお兄さん、この寒いのによくまあお出でなさんしたなあ。わたしゃちとお前に頼みがあるが、なんと聞いては下さんせぬか。
誰かと思えば滝の屋の姉えか、女だてらに引き立てとは、冗談なまずを押えましょう。そうして用とは。
ほかでもござんせぬが、ちっとそっちの方へ寄っては下さんせぬか。
エエ、折角のおぬしの頼み、顔をたててやりてえが、うるせえ、いやだ、ぐずぐずするとにらみ殺すぞ。
あれー。
うぬ、そうぬかせば。
どうしたと。
一つとやあ。
皆々 : エエ、おかっせえ。
然らばどうでも行かねばならぬか、さてさて難儀な役回り。
しかし首尾よく行く時は、御恩賞にもありつく手柄。
手柄はしたし気味は悪し、いっそ四人で行ってはどうじゃ。
さ、仕事は大勢、喰物は小勢に限ると下世話のたとえ。
エエ、無駄を言わずと行かっせえな。
どりゃどりゃどりゃ。
わっぱめ、ここを、
立て、エエ。
エエ、うぬらに引き立てられてつまるものか。悪く傍らへよりやがると投込みへほおり込むぞ。
ヤア、こいつがこいつが。犬猫ではあるめえし、投込みなどとは無礼の雑言。
人もゆるせし我々は、武衡卿の四天王。
蟹から天王魚(てんのうとと)やあやあ。
天王様ははやすがお好き。
ワイワイと囃せ、ワイワイと囃せ、ワイワイと囃せ。
エエ、やかましいわえ。
ヨウー。
奴一 : サア、これからは奴の番だ、どなたも身の用心さっしゃりやしょう。
奴二 : 社内を廻らっしゃりやしょう。
奴五 : エエ、おかっせえ。
奴一 : サアこれから、おいらが引っ立てようか。
皆々 : それがいい、それがいい、どりゃどりゃどりゃ。
奴一 : わっぱめ、そこを、
皆々 : 立て、エエ。
いやだ引っ込め、引っ込みようがおそいと、片っぱしから糸目をつけて、切れ凧にしてぶっ放すぞ。
皆々 : ところをおいらが。
どうしたと。
皆々 : ふうー。
おきゃあがれ。
最前から容赦をすれば、君の御前も憚りなく、
慮外をひろぐ憎きわっぱ。
いで、この上は我々が、
あれへ参って、
引っ立てくれん。
成田五郎義秀。
東金太郎義成。
足柄左衛門高宗。
荏原八郎国連。
埴生五郎助成。
武蔵九郎氏清。
いで追っ返して、
くれべいか。
いや、わざわざ来るにゃあ及ばねえ。おれが方からそこへ行くぞ。
いやあ。
檀那寺へ人をやれ。
いやあ。
早桶の用意しろ。
いやあ。
さらば、神輿を上げべいか。
どっこい。
おお景政殿、お来やったか。
待っていましたわいのう。
景政が来たからは、大船に乗ったと思って、落ち着いてござりませ。
時に承ろう、何故あって此の人々の、首を刎ねんとおしやるのだ。
ヤア案外なるわっぱの景政、若年者の分際で、無礼をひろぐ憎き奴めが。
彼等の首を刎ねるのは、今日我が君関白宣下、国を治むる剣の額、
当社へ奉納なし給うに、お目障りとなるゆえに、
義綱が納めし大福帳、取り退けんとなすその所を、
ささえこさえをなせし上、
ここえ来って無礼の雑言、
それゆえ成敗致すのを、
なんで邪魔だて、
ひろぐのだ。
先ずその無礼を糺(ただ)そうなら、その冠りから糺さなにゃならぬ。どこから許されて着けさっした。
サア、それは。
自儘(じまま)に着けたか。
サア、
サア、
サアサアサア
誰だと思う、エエつがもねえ。そればかりでなく朝家のために奉納をする剣の額の、雷丸と言うは偽り、君を呪詛なす剣であろうが。
事も愚かやこの雷丸の名剣は、かたじけなくも禁中にて雷を仕止め、朝家を守る御太刀ゆえ、雷丸ち名づけしなり。
その仕止めたる雷は、水雷か火雷か、水雷なら体もなければ、何を目当てに切ったるぞ。火雷にてあったなら、刃はただれて刃金は鈍り、物の役には立たぬ筈、まだその上に、たんだいの印、大方赤(あけ)え伯父イ達、ぽっぽに持っていようから、坊へ下せえ、手エ手エします。
何でそれを。
皆々 : 知るものか。
うぬらが知らずば正座にいる、武衡どんが持っていよう。イデ引きずり下ろいてくれべいか。
アアもうし、義綱様が御勘気の基となりし分失の御判、我が手に戻りおりまする。また雷丸の名剣は、ヤアヤアお供の内の小金丸殿、御宝持参し、急いでこれへ。
心得ました。
仰せつけられし御家の重宝、すなわちこれに。
ササこれさえあれば義綱殿も、御帰参あって桂の前と、天下はれて妹背のかため、サア慥(たし)かににそっちへ渡しますぞ。
チエエかたじけない、再び戻る国守の印。
それにてお家は、
立役女方 : 万々歳。
めでたく一つ〆ますべい。
こっちも〆ろ。
ヨイヨイヨイ。
エエ、馬鹿馬鹿しい。
さてこそ、那須の九郎の妹と入り込むおのれは、廻し者よな。
女だてらの大役も、殺生石に由縁ある那須の九郎の妹と偽り、今日まで化けていたわいなあ。
又それがしは義家公の家来にて、渡辺金吾が夜食のかたまり小金丸行綱、清原方のうっそり共、なんと肝がつぶれたか。
ヤアヤアヤア。
照葉の知らせに謀反を企て、残らず露顕の上からは首を洗って待っていろ。義綱殿には、帰参のお仕度あれ。
礼は詞に尽くせぬ恩、
勧めに任せ少しも早う、
イザ、お立ちのき遊ばしませ。
この返報は重ねてきっと、
ササ、言い分あれば言って見ろエエ、
もう言い分は、
どうしたと。
ない。
こりゃそうなくては叶わぬ筈だ。イデイデお立ちあられましょう。
さらばさらばと日の本に、英雄独歩のその勢い、勇ましかりける。
それ。それ。
動くな。
鎌倉権五郎、
景政。
弱虫めら。
さらば。
幕
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